2017年05月25日

キャメロン・ディアス


キャメロン・ディアスといえば、チャーリーズ・エンジェルであり、ひまわりのような開放的な笑顔が印象的な、アクティブセクシーハリウッドビューティー。

彼女の言葉の数々が、なんともいい。中でも………


「後悔とは、やってしまったことにするものじゃなくて、やらなかったことにするもの。だから私はチャンスがきたら必ずトライするわ」

そう、今の人生がなんとかうまくいってると自覚した場合、過去やらかしてしまったことの全ても糧になっていると思えてしまう。そして、勤勉になれす怠惰な自分がやらなかったこと、一度の失敗で諦めてしまったことなどは、やっぱり悔やむよね。ま、それも含め自分だが、チャンスに鈍感だったり消極的な人は選択肢が狭まり、希望を選ぶというより消去法になっていくのは確かだ。ね、キャメロン!



「あなたがどんなに優秀な若者かなんて、どうでもいいわ。まちがったことを学ぶ唯一の方法は経験なのよ」

カッケー!!!精神が自立しまくってる人の発言。みんな、一人立ちしようぜ。ね、キャメロン!



「自分以外の人をからかうなんて信じられないわ」

これはびっくりな言葉。そして、じわじわ心が頷く。やはり、真の強さを装備した大人の言葉。人の弱さを一蹴してしまう正論だが、バイブルにしたいものでもあるよ、キャメロン!



「あなたにとって大事だと思う方向に意欲的であるべきよ。それが世の中を変える方法なんだから」

そうだと思うが、そもそも世の中を変える(少しでも)くらいのことをした方が生きている実感があると気づかず、「いやー、自分が変えるなんて」なんて人もいると思う。ただ、他人が変えてくれたことを享受して幸せを感じるより、自らのクリエイトの方が幸せだし、誰も咎めないんだけど。ね、キャメロン!



「メイクしなくていい日はいつだって素敵な日ね」

そうなんだー。テレビには映るけどメイクしないオケ男子は、毎日が素敵な日なのさ。素敵なキャメロンさん!


N響川崎公演

posted by take at 20:04| 活動報告

2017年05月24日

年長タイムラグ


年長者は常に、若者が求めていることより未来過ぎる話をする。


しかしそれは、親父の小言と冷や酒のように後々ねちねち効いてくる(予定)。

なぜならみんな、そういう過去の我慢の中からの言葉がなぜだかしっかり心に刻まれるようで、自分の状況がグレードアップすれば、合致する実感がある場面にやっぱり遭遇しからの…


「やっぱり、そうだったのか。あのときの先人の言葉は、確かにそうだった」


でも実は、年長者は常に若者が求めていることより未来過ぎる話をする。

どうやら、若者に実感があるのは、すごく未来の話ではなく、今の彼らにそぐったまあまあ未来の話で良い場合が多いようだ。

20年後ではなく、3年後の話。


N響定期
だからといって、決して迎合する必要ないんだか。

posted by take at 00:39| 活動報告

2017年05月23日

飩族感覚


「パンがなければブリオッシュ(ケーキを、お菓子を)を食べればいいのよ」

とマリー・アントワネットがのたまったとか、いや彼女の言葉ではないとか。

貴族の庶民感覚のなさ、あるいはヒドイ上から目線を象徴する言葉として有名になっとります。

ただ「パンの原料となる小麦の価格が高騰、それであればブリオッシュ(安い小麦を使った菓子パン)を食べればいいじゃない」という真意だとの説あり。

でもこちらの意味だと、ここまで有名にはならん。


同じくらい有名ではない発言として、讃岐はうどん県には

「めしがないんやったらうどんくーたらえーのにから」(ご飯がないのであれば、うどんをお食べればよろしくてよ、オーッホッホッホッ)

という言葉がある。

え?きーたことない?そんなひどいこと言わん。そもそも貴族やおらんし???

いやいや、こーです。

「お腹すいたー」

「あら!お米きれとるでないん。もーお米やさんしまっとるのー。たけのり、昼こーてきたうどんの麺でもぬくーにして食べるな?」

である。まるで常備しているようであるが、たまたまである。玉々買ってきても、夕方に新喜劇見ながら勝手に醤油かけて食べてしもーたりして、怒られたりしたもんだ。


祖父母の米寿(88歳)のお祝いのことは忘れられない。

「おじいちゃん、最後に鍋にご飯かうどんか入るんやって。うどんにする?」

「たけのり、わしゃもーうどんや、たったが(飽きてしまった)。わしやこれがあったらえーわ」

さすが我が祖父である。みぎてには、熱燗のとっくりがにぎられとった。

讃岐に長く生きると、うどんは飽きてしまうらしい。


「ご飯がないならうどんを食べればいいし、それも飽きたら、熱燗を飲めばいいのよ、オーッホッホッホッ」


N響定期練習

posted by take at 16:58| 活動報告

2017年05月22日

自分はわからないのよ


たまにたま〜に過去のブログを読み返すことがある。

書こうと思ったものを「もしかしたら」と思い調べるためだったり。単語で検索すると……しっかり書いてます。同じアイテムで三回も四回も書いていたりもする。

記憶力、半端なく半端だな〜。

で、その前後も読んでみたりして


「これ、本当に自分が書いたんだ〜」


と不思議になる瞬間もある。

間違いなく自分が書いたわけだから、自分の思考回路が生んだものだ。しかし、こんな順番で考えていってんだーとか、そもそも発想が不思議で他人のようなものに見えたりもする。

こいつ何考えてんだ?みたいな。

でも、自分の産物であることに間違いはない。


僕だけなのかもしれないが、人は自分の思考回路も理解することが困難なよう。

本当に、自分のことっちゃわからないのである。


N響定期練習

posted by take at 16:23| 活動報告

2017年05月21日

刻まれる思い出


今日は、晴天の表参道にて生徒の結婚式でした。


彼はとても優しい男。楽聖時代は大人しく、発言も控えめで少々頼りなく感じたりもしたが、社会人になってからは、苦労しながらも真っ当に進み、頼もしさが溢れていってる。

明るく素直で自然体の新婦を選び、また彼も選ばれたことがとても微笑ましく、式から披露宴まで、心からの祝福に溢れた結婚式となった。


ふと思い出すのは、彼が一年生の時のこと。大学に出てこなくなった同級生の家まで行き、なんとか説得を試みたが叶わず、僕の前で報告しながら涙したこと。

その心根の美しさは、花嫁が最も愛したところなのだろう。


生徒の結婚式は格別に嬉しいものだが、いつも必ず、とても大切なエピソードをひとつ思い出すことになる。

それは若者から自然と発せられたものであり、虚飾のない人間性、その素晴らしさが極まった瞬間が、僕の心に刻まれいつまででも取れないということだと思う。


素晴らしい門出の日になりました。


拓馬、仁美さん、末永く幸せに!!


結婚式、ブロカート

posted by take at 21:04| 活動報告