2018年08月31日

吹き過ぎ


「バテた唇が回復する良い方法ないですか?」

という質問。

「そうですね、短期間で回復する特別なやり方というのは僕にはわかりません。アイシングなんか言う人もいますが、効果があるのかどうかは知らないのです。やはりこまめに休憩するとか、長いスパンとしてならたっぷり寝るとか。ただ…」

ふと思うことあり言葉を足しました。

「フレッシュな状態、バテてないときですね、そのときとバテたとき同じフレーズを吹いたとしたら、明らかにバテたときの方が、凄くたくさん息を使って、でも音が響かずみたいなことになってます。つまり燃費が悪くなっている。それをきちんと理解できていれば、必要以上の息を使い更にバテるのは回避できるし、また本来の息の送り方で振動する方向に戻れるかもしれないね」


僕自身多々思い当たる歴史あり。とにかく吹き過ぎてきたんだなあと、この年になって反省しきりです。


ピアノ合わせ、レッスン

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2018年08月30日

感情的な音、感情的な音程


もちろんいい音で吹こうとするべきだし、正確な音程で吹こうとするべき。

ただウォームアップや基礎トレーニングのときは良いと思うのですが、いざ音楽を演奏する場面になったら


いい音、正確な音程で吹こうと取り組むのではなく


気持ちの入った音、つまり感情をのせた音として色ののった音で吹こうとし

自分の感情こそが探そうとしている音程、歌っている音程とシンプルに言っても良いと思うのですが


そのような目的意識で吹いた方が良いのだと思う。

良い音とか正確な音程というのは、その程度のものだと言ってしまうと乱暴だろうか。


警察音楽隊レッスン三日目、ホルンアンサンブル

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2018年08月29日

僕とトロンボーンとシャコンヌと


「シャコンヌやるんですね」

ヴァイオリン弾きの言葉。

「そうなのよ。アンサンブルやオケに編曲したのはやったことあったんだけど、いつかはソロとしてやってみたいと思ってたのよ。ただヴァイオリンみたいに独りではもたないし様になりきらないので、ブラームス編曲の片手ピアノのやつをベースに、トロンボーンとピアノに編曲してもらって」

「トロンボーンで吹くのがいいですよ」

「え?…」

「ヴァイオリンでやるのももちろんいいけど、あの曲はトロンボーンで吹くのが凄くいいんじゃないかと思いますよ」

「そう?……」

「絶対そうですよ。ヴァイオリンよりいいかも。トロンボーンが凄く合ってると思う」


バッハの曲の中でもこの曲がトロンボーンに合ってるということだろう。考えたことはなかったが、本番を控えた演奏家へのエールなのだろうが、嬉しいやらプレッシャーになるやら。


いずれにせよ、僕が今まで取り組ん独奏曲の中で、最高峰に位置する名曲であろうことはわかっている。

だって、この音楽より素晴らしいものを挙げろったって…


僕の独奏人生の中でも、最初で最期の凄く特別な瞬間になるのかもしれない。


警察音楽隊レッスン二日目

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2018年08月28日

野菜サミットV5


最近特に野菜が好きである。以前から好きだったが、最近は特に本能が食べたがってしょうがない。

家人は「野菜ならなんでも食べたい」と言うのだが、べジー太になりつつある僕は

「好きなんだけど、どれもが好き好きっちゅうんじゃあないなあ」

と思う瞬間あり。

たとえばニンジンは嫌いではなく好んで食べるが、野菜として特に好きか?と問われると「そこまでではなくまあまあだ」と答えることになる。


そこで、例によって自分自身を分かりやすくするため、いつつだけ選ぶならと追い込んでみた。

「え〜〜いつつう?選べないよお」と自分が言うので、「選んでみたら、本当の自分がわかるんだよ」と優しく説得してみた。

家人が「にんにくや生姜も野菜だよ」言うのだが、これら刺激が美味すぎて薬味としてもあらゆるところで活躍するのは、シード選手として外れてもらうことにする。


まず、絶対外せない二大巨菜、ダブルエースは大根と玉ねぎである。

生良し煮る良し蒸す良し焼く良し(大根は焼かんね)おろす良し、その全てが美味であり、カレールウの元やハンバーグの元になったり隠し味になったりと、もうマルチな天才たちである。特に大根おろしと焼いた玉ねぎは、もう神の領域。


キャベツは生としてはあまり惹かれないが、やはり火を通したときの甘味旨味と食感は、最高の更に上である。焼きそばのキャベツ、春キャベツとアンチョビのパスタのキャベツ、バーベキューで肉に飽きてきた頃のキャベツは、本当にメンタルがまいったときに優しく接してくれる無条件の愛を持った女性のような、あまりに深すぎる懐と安堵感に溢れている。


最近60才疑惑に襲われている芦田真菜ちゃんほどではないが、キュウリは給料を散財しても食べたいフレッシュテイストと食感が魅力の素敵なやつだ。年々キュウリ愛は強くなりつつあり、どんな寿司屋でどんなにお腹が満足しても、最期はカッパ巻きで終わりたくてしょうがない僕は、いよいよ頭上に皿が登場するのだろうか?


いつつめは、その名も美し過ぎる春菊。あのえもいわれぬ味は、最高に大人なえぐみと言葉にならない深みに溢れている。 葉っぱも茎もとにかく愛してやまない。



あ〜〜〜いつつなんて厳し過ぎる。誰がそんな選択をしろと言い出したんだ。まだトマトもナスも、アボカドも大葉もあるではないか。

ホント辛すぎる。


警察音楽隊レッスン

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2018年08月27日

安らかに


さくらももこさんの訃報に、大きなショックと共に心がかなり痛んでいます。

1ヶ月しか違わないその人生の長さから、勝手に共感をもっていたし、応援もしていました。


乳ガンの恐ろしさもあらためて感じると、強く考えることもある。


作品が愛されるということは、イコール作者の人柄が同じだけ愛されるという稀有なパターンであり、ゆえに漫画もアニメも幻想とリアリティのハイブリッドのような、えもいわれぬ魅力を放ち続けてきた。

サザエさんとはまた違う雰囲気で全ての世代から愛される作品を生んだということに、強いヒューマニズムを尊敬の要素として見つめることもできてきた。

ちびまるこのイメージを絶対的に守るため本人は見えないところにいる。局の人間でも会えないというのが当たり前だったよう。

作品の魅力に対する強い意思と、守り抜くための強靭なプライドも、こんなエピソードからずっと感じていました。


早すぎるし、残念すぎる。


さくらももこさん、安らかに。


川越へ

posted by take at 12:36| 活動報告