2019年02月25日

恋は別腹別腹!


「人間に罪はない。悪いのは愛でしょ」


失恋した女性本人のセリフ。

落ち込んでいるのを慰めようとしてきた友人男性に思わず放ったもの。


初めて聞く相対、面白い価値観だなあと思いました。

別腹で恋しちゃって、本分がおろそかになり自分を粗雑にあつかったり、なんなら相手や周りに迷惑かけたりしても、


「悪いのは私という人間じゃないでしょ。だって愛のやつが勝手にわいてきただけでなく、きちんと冷静に正しく判断する能力もってっちゃうんだもん!」


と。


まあね、そうだよね。だから意外と恋愛者には皆寛大だよ、周りは。

かつての我が身は人のこと言えなかったりするし、なんたって「人の恋路を邪魔するやつぁ、犬に蹴られて」じゃないけど、愛を宿したやつにとやかく言うのは最高に野暮だかんね。


だから「忙がしいから」なんて言い訳しないで、


「恋に忙しくて、トータルでも忙しくて。でもあたしのせいじゃなくて愛のせいだかんね!!」


なんてのを、剣のようにかざしてみたらいいんじゃね?

ザ・人間って感じで。


休日
同じドラマの「おいしいものを分け合うと幸運が訪れるよ」というセリフも気に入りました。

posted by take at 19:22| 活動報告

2019年02月24日

恋は別腹


芸能人なんかは多いかもしれないが、学生の話としても時々聞くのが

「付き合いはじめたのだが、お互い忙しく(スレ違いばかりで)別れてしまった」

というもの。あっという間に別れたというのもあるよう。

「お互いそこまで好きじゃなかったんでしょ」とか「ノリで付き合ったけど、結局そこまで必要ないってことじゃない」なんていう評論に行き着く人が多いが、僕はなんかとても残念で、なんだかなあって話だなあと思ったりする。


付き合う瞬間は本当にお互いを求めて、その後の幸せな時間を夢見てスタートするはずだが、結局お互いのスケジュールを優先し、会えない時間が続くと、どんなカップルであっても更に続けようという気持ちは薄くなると思います。

だって会わないんだから、二人でいる幸せを感じて、それをまた膨らませていくための素材自体がそもそもないんだから。最初の夢も時間と共にどんどん目減りするでしょう。


かつて、月に一回か二回しか会えないと言う楽聖にツッコミを入れたところ

「だって忙がしいんですもん!」

と答えが返ってきたことがある。


恋愛というのは、自分が忙がしくしている時間、学業や仕事してるということとは別腹にあるもんじゃないの?

その忙しさでたまるストレスを砕いたり、活動に気力を得るために二人で恋愛をして、喜びへと転じていくんじゃないの?

そもそも本能が優先して、他の時間とバランスとっていくものじゃないの?と思うのだが、どうも違うように聞こえました。


いずれにせよ、一度は好きになり「付き合おう」まで盛り上がり、その夜は最高に高揚した気分だっただろうに、翌日からお互い忙しくて、結局そんな時間が続き別れるという結論になるんだとしたら、かなり残念な気がします。

結局どちらかの忙しさに対し、相手が合わせなければ成立しないのかもしれませんが、やはり恋愛って


どんなに多忙でも別腹で入っちゃう。
いやあ、お腹いっぱいでも(時間いっぱい)どうしても食べたいんですよね!


ってものな気がしますが。

すみません、大きすぎるお世話で。m(__)m


N響名古屋公演

posted by take at 18:42| 活動報告

2019年02月23日

あなたでなければ


あなたじゃなきゃ駄目なんです。


そう言える、言いたくなる、言わざるをえない相手の存在であり、自分の生きざまと価値観を感じる


そんな幸せがある。



それが人間として生きることかと。


ジパング

posted by take at 23:49| 活動報告

2019年02月22日

ぶっ翔んだ埼玉


公開日に観に行く


『翔んで埼玉』


そらそーだ。僕の本当の故郷はあまり知られてはいないがうどん県。「故郷は遠くにありて思うもの」ということで、第二のと問われれば埼玉になる。

品川は足元だし、気持ち的には愛してやまない沖縄はもう少し時間がかかる。

そもそも沖縄は、世界中から愛されてもいるから僕も愛せばよいだけだが、埼玉はなにかとディスられキングであり、通いつつも(この20年で大学生のトータル4年間くらい通ってしまった)、埼玉県は実際どーで、県民はいったいどー思っているのかの正確な理解が懸案事項になりつつあったわけで。


夏に行きたい、冬に行きたい、社長輩出率、総理大臣輩出率、漁獲量(海ねーし!)都道府県ワースト1だと。

貧乳率(どーやって調べた?)、巨乳好き(どーやって調べた)1位だから男と女がすれ違っていると(見たんか!!)。


そしてここが近年クローズアップされているポイントだが


郷土愛ワースト1


県民ショーで学んだが、埼玉県内で二分しており、そのライン分けをすると大体皆同じところに線をひくそうな。東京寄り(しかも都心に近い東寄り)と、群馬茨城寄りとに分けて。埼玉の右下と左上辺りで。

「あそこはエセ東京なだけ。本物の埼玉はこっちじゃ!!」とか「あそこは群馬でしょ。人よりも動物ばかり住んでる」とか、とにかく罵りあいながらも、共通自虐が


「何もない」


海ない、空港ない、名所ないと。

なんこやにはたしかに何もないが、川越にはなくはないぞ。芋持って江戸町並を歩く人多数。


そして何もないと言いながら、千葉と関東ナンバー3の座をかけて争っているのは周知の事実。

実は僕はナンバー1は東京ではなく神奈川だと思っているが、そんな中、かつてから待ち望んでいた映画がついに公開になり、こりゃ行かねばと。


まああれですよ。先に体験した人が讃えまくると期待値を上げてしまい、後の人に迷惑をかけることがあるから今回は多くは語りませんが、僕が騒がずともシンゴヂラくらい話題になるこたぁ間違いないね。


今一番気になるのは、関東いちえんの人はドハマリする内容だが、それ以外の地域の方々がどう楽しむのか。それぞれの地元での争いと重ね合わせるのか(例・島根鳥取の乱、富山高岡の乱)。

また当の埼玉県民の観賞率と、観ないなら観ない理由、マジギレ憤慨ストはいるのか。

そして今後埼玉はどうなっていくのか。「うどん県を名乗りたい」なんて無理難題を叫んでいた者もいたが、そうしなくても実は一気に逆転メジャーになってしまうのか。

それどころか映画の最後のように……おっと、ネタバレになるので、ここいらでやめなきゃ。


僕の生徒たちは、今日明日で観に行くことになるだろうが、腹筋がよじれて演奏に支障をきたさないことを願うばかり。


最期に、上田清司県知事の腹をくくった開戦宣言をここに記したい。


「悪名は無名に勝る」


トップダウンがぶっ翔んでます!!


N響セクション新年会(今ごろ)

posted by take at 12:39| 活動報告

2019年02月21日

失い、得る


「何かを選ぶことは、何かを捨てることだ」


何度もブログに書いてしまうということは、年齢を重ねて理解できたことの中でも特に大切な価値観として、僕の潜在意識の中にしっかりと存在しているということなのでしょう。


これと表裏一体


「何かを失うということは、何かを得るということ」


選ぶというのは概ね自分の選択で未来へ進むことだが、失うというのは逆に不意に、不本意にというパターンが多い。

何も失わない人はいないし、それどころか大抵自分が覚悟している以上に失ったりするのが人間。


ただ生き物である以上「終わる」という現実と共に失うものは、新たな希望を生むのもたしか。終わりがあるから、また喜びが始まるのを待望する。


この言葉の主旨は、どんなに不本意に失うことがあっても、だからこそ得られる成長や喜びがあるから、悲観的になりきらずに向き合いなさいというエールだ。


悲しみを持って希望を得る。

人間はかくも逞しい。


希望を得るために、悲しみをも受け入れる。

人間はかくも美しい。


N響定期
それでも病は厳しく楽ではない。誰しも明日は我が身。皆の力で克服へ、と願うことこそ一番大事。

posted by take at 11:34| 活動報告