2017年06月04日

横須賀ギオン祭


昨日のN響横須賀公演が終わった後、海上自衛隊音楽隊員である生徒と食事をしました。

美味しいお店にテンションも上がり、話は弾みまくり。かなりの長時間、ありとあらゆる話題で喋りまくっていた。周りも呆れるほどノンストップだったのだろう。楽聖時代とは違う大人の会話術(本人談)。トイレ以外に口と耳が休む暇はなかった。


中でも一番盛り上がり、僕のコメントに対しおかわりまでリクエストされたのが、彼女が最近細管の楽器を買ったという話。

平たく言うと……

管の太さの問題ではないとはわかってはいるが、音のまとまりが欲しく細管を選んでみたら、すんごくいい楽器があって、とにかく吹奏感や抵抗感、音が最高に気持ちいい


たけ「それって、フゥ〜でボワァッッからのブゥワァ〜〜ンで、ハァ〜がウゥ〜ンっていうのじゃなくて、フゥン!でググッがきて、ブイ〜ンがオオオッで、プワァ〜〜ンのウワアォッ!がイェ〜〜〜〜ッ!!ってことね」

M「ギャハハハハ!!そう、そうですそうです。ギャハハ、もう一回、もう一回言ってください」

ツボったようで抱腹絶倒っている。

たけ「だからあ、フゥ〜でボワァッ………」

二人「ギャハハハハ、ギャアハハハハハ」


ね、楽聖にはまだできなさそうな、ハイソな会話術でしょ?


バカップルやおバカ夫婦はちょいちょいいるが、横須賀の夜は、見事なバカ師弟の笑い声でおめでたく更けていったのでした。


N響大宮公演、ブロカート

posted by take at 16:37| 活動報告

2017年06月03日

ボロディンの愛


今回のN響、横須賀と大宮での本番のプログラム、ボロディンの『中央アジアの草原にて』が入っている。

黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス山脈と、それを取り囲む低地からなる荒涼としたコーカサス地方の草原、ロシア人と東洋人の交流を描いた美しい音楽です。

僕は大好きな曲で、ブロカートでも数回取り上げたことがあるのですが、新日フィル、N響通してほとんど機会がありません。N響の記憶でも二回目か。


ちょうど一ヶ月も経たないうちに、交響曲第二番の23年ぶりの演奏も経験しましたが、ボロディン、やっぱりいいですねぇ。なんともいえない旋律の情緒。美しくも独特の切なさ。オリエンタルな魅力、人間的優しさに広大な自然の拡がりも感じます。

だったん人、シンフォニー、中央アジア、夜想曲、弦楽四重奏……

そのどれもが、ボロディンにしかない魅力として輝いている。

彼は、作曲家としてその道に秀でていたにもかかわらず、いつも化学者として収入を得ており、化学の世界においては、とりわけアルデヒドに関する研究によって非常に尊敬されていたそうです。結果的に「日曜作曲家」を自称することになり、同時代人ほど多作家にはなりませんでした。


人や自然に対する愛が深い人だったのでしょうね。


理屈ではなく、とにかく幸せな音楽。人間として生きていける喜びを感じさせてくれる。

もう少し回数やりたいなあ。


N響横須賀公演

posted by take at 11:57| 活動報告

2017年06月02日

聞いてる人には関係ない


楽器の事情というのは必ずあり、それはどの楽器でもあり。しかし聞いてる人には関係ないのだから、きちんと困難に向き合う姿勢は必要。


トロンボーンの場合、5ポジション、6ポジション、7ポジションとなるにつれ、音程、発音、音色が結構なスピードで曖昧になっていく。

問題は「普段あまり使わないから、まあまあで良いのではないか」という潜在意識。

その気持ちが強い人ほど、実は微調整からの繊細さをもたなければならない1、2、3、4ポジションもなんちゃってになりがちだ。

・どの音域も動かさない

・吹く度に位置が違う

・精査し納得して定めた経験がない

・上げなければならないとこを下げたり、逆だったり。動かさなければならないとだけ意識にある。で、上記。


まずは1ポジションのFが抜けない人、3ポジションのEsを下げれない人。もれなく、5ポジション以下がかなり高いが、気にしないで吹いてしまう。


レガートのムラ含め、リスナーの大半であるトロンボーン吹き以外の人には、この楽器の事情は不必要な情報であること。彼らにとって必要なのは、ムラのない音楽的表現、レガート、音程、音色であること。

そして、演奏家にとって、それを修正することは、全くもって不可能ではないこと。


全ては「吹きたい」から大きく飛躍し、

本当に聞き手の心に喜ばしい演奏をプレゼントしたい

正確に吹けないと、職業演奏家のフィールドには立てない

という、希望と強迫観念というふたつのメンタルが存在するか否かだろう。


N響練習、川越へ

posted by take at 10:43| 活動報告

2017年06月01日

受賞


家人は、ここ数年絵を描いています。もともとデザインの仕事をしていたこともあり、自己流で色鉛筆画やパステル画を描いていましたが、2年前から絵画教室へ通って習うようになりました。

今回、教室主催の絵画展に一枚出品したのですが、なんと校長賞を貰うことができました。かなりの出展数のうち、上位3位内だそうです。

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我が家としては、たいへん嬉しい話題です。年齢的にも賞なんてなかなか貰えないものですし。

ずいぶん長い時間を掛けて描いていたらしく、その変遷はこちら。

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家族の贔屓話、笑い過ごしてください。おヒマな方はごらんになっていただけると、益々嬉しいです。


川越へ

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2017年05月31日

感情的な音色


「感情的」を調べると

1 感情に関するさま。「二国間には感情的な障壁がある」

2 理性を失って感情をむきだしにするさま。「感情的なものの言い方」⇔理性的。

と出る。

感情自体は「嬉しい」でも、様々なテンション、テイストがあるように数限りない種類があり、人間の言葉だけでは表しきれないほどだと思うが、感情的となると、理性を失っているような限られた状態だけを指す。これは不思議な話です。


音は美しくありたいし、音程やリズム、アンサンブルが洗練されていることも望むが、実は音や音色が感情的であってほしいと思う。

これは、理性を失ったような乱れた音という意味ではなく、私たちに内在する無数の感情が音色にのるということ。

つまり音楽の場面に合わせて音色が変化し、あたかもその色に合致するような人間の感情をまんま音にしているような、多彩で雄弁な演奏。


そういう意味で、感情的な音色で彩られた演奏をしたい、してほしいと思うのです。


ジパング、川越へ

posted by take at 22:02| 活動報告