2018年10月31日

信じて言う


年齢を重ねなければわからないこと、50も過ぎないとわかってこないことは多々ある。しかし


「今言ってもわかんないだろうなあ。その年にならないとわからないのだから今示しても意味がない」


と、若者に伝えるのを躊躇する(実は面倒くさがっている)のは良くないことだと思います。


価値観や言葉は、出会えれば理解できる、聞きさえすれば自分のものになるわけではない。

聞いた瞬間ちんぷんかんぷんなこともあるだろうし、「そうだよね」と思えたり理解できた気になれることも多いのだが、たとえばわけわかんなくても、その言葉自体を完全に忘れてしまうわけではなく、記憶の片隅にあり続けたりもする。

そして一年後や二年後、十年後や場合によっては三十年後になって、きちんとした理解から身につけることができる場合だってある。

ある瞬間ストンと音がして我が物にできるようなときがきたりするものだ。


だから「今言ってもわかんないだろうから」と決めてかかり、伝えないのは良くない。

実は、そんな生涯の宝になるような言葉に出会えない方が、一生の時間を生きていく者としては不幸だ。

年をとって頭硬くなってからだと、聞いてもはじくだけだろうし、あまり出会えてないと、結局成長に相応しい考え方ができるようにならない残念な生き方になるだろう。


お説教の類いはそういうのが多いし、また何気ない会話の中にまさに宝石のように輝く言葉があったりする。

それが輝いて感じるか、ただの声にしか聞こえないかは人それぞれだが、投げる方は


いつか必ず理解してもらえる日がやってくる


と信じて、とにかく言うに限る。

思い出してみると

「今のおまえにやわからんやろうけどの、年取ったらわかるときがくるんじゃ」

は、父親の説教の最後を飾る決まり文句だった。


大塚にて講義

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2018年10月30日

沖縄弁で喋りたい!


学びに対して貪欲な気持ちがわき続けるというのは、人生に訪れるたくさんの幸福の中でも極上のものであろう

                       吉川武典



え〜〜、沖縄のイントネーションで喋れるようになりたいなあと思うようになり早三日目くらい。楽聖の前でデモンストレーションしてみるが

「違いますね」

と一言。確かに気づくと東北弁もどきになっている。ここは地図上では10センチは南なのに……


「やっぱスピードラーニングかなあ」とワケわかんないことほざく先生。

「宇佐美先生がしゃもじが面白いって言ってました」

という楽聖の言葉を想いだし、YouTubeってみる。ちなみにしゃもじとは、コンビのお笑い芸人。

おもろいやんけ!

続いてじゅん選手というピン芸人も楽しむ。彼は沖縄の人もほとんどわからない昔ながらの方言でしゃべるのが特技。素晴らしく流暢でやまとぅんには一ミリも意味理解不可能。沖縄の若者店員相手にドライブスルーや眼鏡やで買い物ができるかとか、老人ホームでウケるかなどのネタで頑張っている。

テロップの標準語を見ながら聞いても意味不明だったりするくらい、外国語感満載だが、イントネーションはなんとなく入ってくる。

ガレッジセールの名作、シュリモネアやシュリビアの泉も復習しながら、とにかく学びあるのみでる。


御静聴にふぇーでーびる(o^−^o)


沖縄県芸レッスン

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2018年10月29日

Okica

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「先生、OkicaとSuicaが連動してないのが凄く残念です」

沖縄県芸のうちなんちゅ楽聖は、この夏の上京時Suicaを購入したのだが、日本全国の大抵の都市で使えるようになったこのカードが、那覇のゆいレールやバスにて使えないことを知って、まことに悔しがっている。

そしてそんな那覇には、僕が通い始めた四年前辺りからOkicaというオリジナルカードがある。早々に購入し利用している僕は、ことある毎にこのカードをあちこちで見せびらかしてきた。


「いやあ、ほら僕ったらさあ、沖縄通ってるじゃん。だからこんなカード使ってるんだよねぇ」


すると大抵の方々は羨ましがってくれるわけで(そんな気がする)、このうちなんちゅの気持ちはわからなくはないが、実際沖縄で使った回数よりやまとぅんで見せびらかした回数の方が多いわけで……


ふと思う。


でもOkicaとSuica連動したら、確実にSuicaを捨てOkicaを日本中で使うなあ。で、ことある毎に


「あ、君Suicaなんだ。え?僕?僕はほらこれ。これOkicaって言ってさ、沖縄でのカードなのよ。あ、僕さ、沖縄通ってるんだよねぇ。え?行ったことない、あっそー、そーなんだー。もし行くことあったら何でも聞いて。分からないこと以外は何でも教えてあげるからさー。まあ、通ってるもんでね、沖縄。モノレールもこのカードでね……」


うざっ!!調子ん乗ると、そのうち難来有さー!!!


琉球新報、沖縄タイムス取材、沖縄県芸レッスン

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2018年10月28日

世界観 空気感


世界観、空気感は人によって持ち合わせているものが違う。

ただ、携わっているジャンルに相応しい空気感のタイプというのはやはりある。相応しくない世界観も。


最近の僕、指揮者に対しては、その人の演奏や立ち居振舞い、言葉から醸されるこの空気感や、私たちオケマンや聴衆を誘ってくれる世界観がファンタジックであり、原点である西洋の時空間を感じさせてくれる人を望みます。

それがあれば、多少棒がわからなかろうがなんだろうが、全くかまわない。

実はそんな指揮者が少なく感じられる。

棒のテクニックがあり、よく勉強もしてきており、アンサンブルもやりやすいように示してくれたりするが(実はこれはこちらの仕事だったりする)、香りたつ空気感がない、その世界観に幻想的なイマジネーションを感じられず、なんだか現実的にオーケストラが鳴るだけみたいな人が多い。歌っている歌ってないとかとは別の話。


僕自身が、50を過ぎてから特にそういうことを望む価値観になってきた。

細々と、うまいことテクニカルにまとめたり、「勉強してきました!」「僕の気付いたアイデアどうでしょう?新鮮で今までになく素晴らしいでしょ?!」とアピールされても、とにかく、空気感からの世界観こそが


なんにもない


みたいに感じられたなら、たいしたことないとしか思えない。少なくとも、僕はあまり価値を感じられない。


これは演奏家としての自分にそっくりそのまま反ってくる言葉だと思う。

自分も、テクニックやミスなき完成度だけを感じられてしまい、それ以上のファンタジーを見つけてもらえなかったとしたなら、それこそ現代を彩るテクノロジー発展至上の空気感、そのスタンスにのっかった今風の凡庸な演奏家として、いずれまるでいなかったように忘れ去られてしまうのでしょう。


そうは言っても自分のことはよくわからないのですが、少なくとも音や音楽観に言葉にならない何かが宿るよう、感性の幻想性についてこそ感じようとするしかない。


N響郡山公演

posted by take at 20:16| 活動報告

2018年10月27日

今日のプリちー


NTTのレッスン後の酒席は

狭きスタジオでの大人数(八畳くらいか?ドラムセットもあるなか、マックス10人による3時間)による大人たちの知的な頑張りからの解放、新宿ですら屋外の空気が美味しく感じられたこと、スタジオに入ったときはまだ明るかった大都会が色を変え暗闇に灯る無数のネオンがオッサンズと淑女たちの疲れた身体のテンションを煽ったこと、喉が砂漠で胃袋内が空洞へと向かっ………


とにかくチョー盛り上がったのである。ワンチャンだったのである。


そんな中、今日一番の可愛い瞬間は、無計画無計算の志向から突然発せられた。

「劇おこプンプン丸」について、過去深く掘り下げて研究を重ねた際、JKの怒りのレベルフィールドの中では中の下であり、つまりあまり怒ってないはずで、しかも一番下のレベルの「おこ」については確実に一ミリも腹立たしくないはずで、そもそもカムチャッカファイヤーはじめこれらのファンキーなワードを口にしている段階で、感情は怒りに支配されているのではなく、逆に女子が好むコミュニケーションツールとしてのオリジナルワード発動からの共感力ゲットのみが目的ではないか、女子ってそーだよね


みたいなけとを、ホッピーの力を借りながら流暢に力説していた僕が、その数十分後話題もすっかり変わっていたのに、もうぺろんぺろんになりつつあり、再びプンプン丸に登場してもらい現状の話題に彩りを足そうとしたらしく


「ほら、にこにこプンプン丸がさ」

「……」

「だからぁ、にこにこプンプン丸がさぁ」

「劇おこですよね」

「あ……」

「それだと凄く可愛いですよね」


周りの淑女たちの絵顔を見た瞬間、酸素の薄い八畳での3時間より、たった今こそ今日一番の仕事を成し得たのだと確信したのでした。


やはり、鯛鯖鯵とボケは天然が一番。ワンチャンでなのある。


N響練習、NTTレッスン

posted by take at 10:34| 活動報告