2019年04月05日

嗚呼、鰻のたれ


埼玉、幸手の桜祭りをテレビでやってる。凄く綺麗。出店もたくさん出てる。

その中でいろんなおにぎりを出す店が。中に、鰻のたれを塗ったおにぎりが。


その手があったか!思い付かなかったが、絶対うまいよね。


最近はお握り屋も増え、しかも具材も日本各地のあらゆるものを刺したり入れたり。2.3個だけ選ぶのに困るくらいの賑わいだが、鰻のたれを塗っただけというのは見たことない。

見たことないが口の中で味は直ぐ想像つくし、しかもチョー美味しいのがわかる。

年号話題からの万葉集ブームがきているが、この中にも「鰻で精をつける」というような内容の歌あり、かなりの昔から日本人にとっては絶対的なスタミナ料理としてのポジションに君臨しているわけです。

鰻重にしても鰻丼にしても、鰻そのものの味もだが、それがたれと混ざり、そしてご飯に染みた部分の旨さは味の桃源郷とも言え


鰻味(うなみ)こそうま味


と言いたい人もいるだろう。

そんな人は(僕はそこまで鰻ラーではないが)、娘が生まれたら「鰻美(うなみ)」っていう、キラキラネームならぬギトギトネームをつける勢いだ。


一瞬幸手まで鰻たれおにぎり食べにいこうかと思ったが、断念だんねん。さまよえるオランダ人やらなければならず、胃袋もさまよい気味。

結局うどん。


N響オペラ本番
鰻うどん(うなどん)て無いね……

posted by take at 13:37| 活動報告

2019年04月04日

相手の立場


相手の立場に立つというのは、出来る出来ないという○×ではなく、クオリティ(精度)だと思う。



人は一種類ではなく、人の数だけ違っている生き物。性格、価値観、状況、状態……うまくいっているか否か。

自分以外のそれらを理解しなくてもいいという話は、実はない。

そして、皆多かれ少なかれ相手のことを理解しようとする(しなければならない)瞬間があり、出来たり出来なかったりしている。

ただ、「そんなん100パーなんか無理だから、ある程度でいいんだよ。ある程度だけでも相手の立場に立とうとするだけで立派だよ」というのは、しんどくなったときには慰みにはなるが、実は



『本当に相手の立場に立つ』



という最高難易度の難題こそ、人生最期まで追い求めていくべきことかもしれない、そう思う瞬間がありました。



そりゃ全く簡単じゃない。あらゆる人のあらゆる立場があり、我が感覚からすると、無限に広がっているフィールドとも感じられる。

そんな相手の立場とは違う自分の立場、気持ちや状況はあるわけで、相手になろうとすることで、自分を完璧に抑え込み押し殺すようなことができるかどうか、そもそもそれでいいのかどうかははっきりしていない。

ただ、より正確に、完全に相手の立場に立つことができるようになることこそが、自分の表現がより正確になる唯一の道かと思ったのです。


それがどんなに困難であっても、まずは認めようと決め、理解しようとし、できた(気がした)なら、そこからはじめて自分の価値観や立場を交えて相手に投げる。


とにかく「本当に相手の立場に立つことができるような人になる」。

それを目指す人生の旅こそが必要なのかと、今感じています。


休日

posted by take at 15:10| 活動報告

2019年04月03日

小顔


アジアのかの国では、男たちの携帯待ち受けがブロマイド風自撮り写真とのこと。宮崎男子は地鶏写真なわけで、日本女性ならドン引きナルシズム大爆発ぢゃ。


そんな日本もどこぞのように、美容整形が罪なき当たり前の方向を向き、少しずつ価値観の変化が加速している風を感じます。

整形を公表する芸能人も出てきました。テレビでもどの人がいくらかけてを当てるクイズコーナーをやったり。

ちらり見ると、数百万当たり前、なんなら3000万かけて変えまくったと。

凄いお金をかけたのだろうが、客観的に見て「あちゃ〜あ」という人も。もちろん整形外科医は警鐘鳴らしながらの契約スタートだろうが、客観的理想のゴールがわからなくなり、もっともっとと泥沼にはまるのだとしたら、薬物のように一度でも手を初めるか否かの話にも感じられてくる。本来麻薬的リスクを強く理解して判断することなのでしょう。


日本人の価値観として、親から受け継ぐ遺伝子、その見た目もまんま受け入れて生きていくことの敬意を持つこと、外見以上に中身が大事というのは、それこそ根っこにあり続けながらも変わりつつある。

絶妙成功やり過ぎ失敗を見つめながら、ならバランスこそが大事な外見改良なのだとしたら、やるのかやらないのか、中身外見本当の美しさへの生き方も、バランスこそが最も大切なことなのでしょう。

そういう意味で、日本人の価値観は絶妙だと思っているのですが…



今日の本題はここから。

「簡単に小顔になる方法は……身体を大きくする」という失笑ギャグがあるが、「身体おっきくしたら、顔も更におっきくなるやんけ!!」というごもっともなクレームもあるわけで、このカオスのような難題を軽くクリアする、新しい小顔ノウハウが、上野の居酒屋で鮮やかに発見されたのであった。

かかる費用は数百円。



ビールやハイボール、サワーに最近増えてきた『メガジョッキ』を頼む!!!


バンザーイ!!(^_^)/□☆□\(^_^)



N響オペラゲネプロ

posted by take at 12:47| 活動報告

2019年04月02日

練習になる曲


ポーランドの作曲家、カジメージュ・セロツキという人が書いた「トロンボーンとピアノのためのソナチネ」という曲がある。

急緩急の短い三曲からなる全体でも7〜8分程度のコンパクトな組曲。

高校生もやるし、大学でも早期に取り上げることがよくある。比較的取り組み易いとの判断だろうが、実はきちんと吹くのはとても難しい作品。

かくいう僕も大学二年辺りでやった記憶があるが、そのときもそれ以降も、正直ちゃんと吹けた状態で本番ができたことはない。


1楽章はスタッカート中心のリズミックなフレーズの間に、レガート跳躍と音程のゲットが難しいフレーズが挟まっている。

2楽章は、クレッシェンドしながら頂点へもっていくテンポの遅い息の長いフレーズ、そしてやはり跳躍が難しいレガートカデンツァ。

3楽章はほとんどスタッカートと休符の組み合わせでできている。


実は音楽作品でありながら、とても優れたエチュードに感じられ、最近は毎日さらっています。

スタッカートの発音、ゴミがつかないようにいかに反応よくクリアーに吹けるか、2楽章含めスライドとの合致、息の流れ。レガートの安定。跳躍含め鳴りの均一。

全ての場面が、これらを測るのに適しているし、克服しがいがある。


黒金君に話したところ、彼も同じような印象を持つと言った上で「バストロンボーンには、そういう曲ないんですよね」とのコメント。


どの曲も、課題に感じれば価値ある練習の手助けになりうるが、中でもこの曲は、エチュード的要素が満ち満ちている気がします。

もちろんセロツキさんはそんなつもりで書いたのではないと思いますが。


N響練習

posted by take at 13:40| 活動報告

2019年04月01日

近道


とあるドラマ。

自分がそれとなくついた嘘。時間と共に状況が変わった際、誤魔化しのような言動の積み重ねに自身が振り回され、そのことで決断もなにも結局その先どうしていいかわからなくなり右往左往、あたふたパニック。

そんな彼に友人が金言をかける。


「正直が一番の近道だぞ」


もう嘘をつき続けても、たとえば何もしなかったとしても、出口は遠い未来へ離れていく一方。

一時的に恐れている状況に陥ったとしても、全てを正直に表明して、相手の出方からの対応に委ねることこそが、右往左往から真っ直ぐ自然に歩めるようになる唯一の近道だと。


ということは、十字架を背負うように嘘を抱えている人は、遠回りな人生を生きているということになります。


正直言って、僕はそれなりに前からほぼ正直に生きています。

ということは近道をし続けている時間が流れ続けているとも言える。

何に近道なのか正確にはわからないが、辛く悩み込むことは減ったわけで、結局幸せへの近道なのかもしれない。


N響練習

posted by take at 18:41| 活動報告