2017年09月03日

ひるまず進む


被災地との関わり、復興との向き合い方が深くなったのが自分の意思なのか、なにかに導かれてなのかは、僕には正直わからない。気づいたらそうなっていた。

この六年半、デリケートになることがあれば、かなり無神経に表現してしまったこともたくさんある。

被災地の、特に懐の深い人たちとの付き合いが多いこともあり、調子にのって気づいたら彼らを傷つけてしまっているんじゃないかということがいくつも思い起こせてしまう。

だからといってあまり感じず、自分の意見にせず、表明もせずでは、昨今多発する「責任をとりたがらない大人テイスト」になるので、勢いでやってきてしまった。


今日、来月出演する横浜楽友協会のチャリティーコンサートの練習に参加してきました。吹奏楽との共演による「ア・ソング・フォー・ジャパン」と、スパークの「陽はまた昇る」の指揮。

歴史と伝統ある吹奏楽団はとても上手で、心地よいサウンド。メンバーの方々も気さくで楽しく、充実した練習になりました。


終わって、当日のステージ上でのインタビューの打ち合わせを。

この春東北を旅し大槌も訪ねたという団員の方、そしてコンサートに出演する大槌出身のクラリネット奏者(現在勉強中)と。

様々な記憶をまた引き出して話しているうちに、やはり何があっても関心をもち、関わることをしなければとあらためて思う。

帰りの電車の中で若きクラリネット奏者と話ながら、気がつくと僕の震災との六年はまんまこのブログの六年だとも感じていた。

こればっかりは定期的に読み返し、これからの時間への指針になるように確認しなければならない。


未熟な僕は、これからも被災地の人たちを不本意に傷つけてしまうことがあるかもしれないが、大槌の若き演奏家たちに

「いろんな人のいろんな反応があり傷つくこともあるだろうが、ひるまず進め」

なんて偉そうにアドバイスしているのだから、僕がひるんでいる場合ではないのだ。


チャリティーコンサート練習、ブロカート。

posted by take at 17:20| 活動報告

2017年09月02日

言葉の重要性


凄くシンプルなことを思いました。


「言葉にならない感覚」というのは、それはとても難解な領域なので、自分に宿っている部分を人と共有するのは難しい。

それをなんとか共有したいなら、大分削れてしまうだろうが、既存の言葉にして常用する必要がある。


たとえば音色だったり、よかれと思っている価値観だったり。


魅力の細胞の解像度としては大分ぼやけた表現にしかならないにせよ、その簡略化された言葉を多方向からいくつも尽くしてながら話していて気づくのですが、相手がその数限られた言葉の、更にいくつかしか意識してなかったりする。

となると、更にシンプルな味付け、出汁は無く醤油だけとかになるので、当然更なる幅広き発展は難しい気がしてしまう。

そうなのかと思った時……

「いや、考えとして自分の中になかったものを言ってもらい、意識したら、凄く納得できました」

と言われ「嗚呼、こうやって深くなっていけばいいだけか」と。


とにかく、簡略化されたいくつかの価値観は、漏らさず残さず共有することがまずは大事なんだなと。

教育やコミュニケーションが上手い人って、簡略化された感覚だけを、しかし必要な数漏らさず表現するのでしょうね。


すみません、結局シンプルでもなくわかりにくくて。


川越へ

posted by take at 20:45| 活動報告

2017年09月01日

気象情猫


こんなにぼやくのなら、写真撮っておけばよかった。

数日前のでら暑い日、駅までの道すがら、駐車場のアスファルトの上でネコが溶けているのを見ることに。溶けるのはサンボに出てくるトラだけではないらしい。


露な姿なんてものではない。大の字より形になっておらず、アルファベットのSの形になって伸びきっている。もうネコの原形は無い。

ぬぅ〜ぅえぅいぃ〜くぅおぉ〜わぁあ〜

だ。


先日『ホンマでっかTV』で「ストレスには可愛いもの、例えば子ネコの写真とか見ればいい」と言っていた。

が、このだらしが微塵もない生き物を見てもストレスは解消されず、だからといってたまるわけでもないのだが、思わず立ち止まり心の中から話しかけるあたしがそこにいる。


「あのさー、あんた、その生き方でいーの?普段はさ、あんなにビビリーでさ、まるでこっちが悪者みたいな目で見つめて警戒マックスやるじゃんかぁ。それがさ、なに、その辞書の解説のような無防備。今襲われたら、あんた、なにされたかわかんないうちにもうあれだよ。この際言っとくけどさ、あたしたちゃ、あんたのこと襲わないよ。だって襲う理由がないもん。いや、興味ないとかそんな話じゃなくてさぁ、そりゃ少しは可愛いとは思って……ハイハイ、だいぶ可愛いとか思ってるから、たまにはちょっかい出したい気持ちもあるわけさ。でもね、襲う理由はミトコンドリアもないんだから。だからといって、この新馬場にあんたの敵がいないとは限らないよ。カラスとかさ、越してきてからまだ見てないけどハイエナとかさ、いるかもしれないじゃんか。いや、暑いからね、わかるんだけどね、今から仕事に行くあたしに比べて、まあその寝姿が羨ましいやら暑苦しいやら……」


そんな僕は、ブログのネたにコまってネコのテいたらくも借りたいのだろうか。

まあ、まーひーなことは確かである。


ジパング

posted by take at 11:03| 活動報告

2017年08月30日

すり鉢の底から


後期からレッスンの部屋を極力大きくしてもらうよう、楽聖に依頼していた。授業で使ってない時間帯なら、本番をやるスタジオ等でレッスンも可能なのでそこを優先してと。

東邦は夏休み明けに前期試験があるので今日からレッスンをスタートした。のっけのこの広い空間で、新しい手応えを感じることができ嬉しくなりました。


今日の部屋はソロのおさらい会でよく使う広い講義室。形はすり鉢状の半円で、一番低い扇の要の場所が教壇に。

そこから高い空間に向かって吹く。

このシチュエーションで、初めて自分から 「もっと上の方で音楽をしよう」という発言が出た。

目線の高さには比較的近い距離が受講生の空間として壁になっているので、遠くというのは「上の方へ」となる。

これがいつにない意識改革になる気がしました。


実際大ホールのステージでは、二階や場合によってはそれ以上の上方向への空間が視界にあり、自ずと意識することになる。

また音楽がフレーズの頂点に向かって演奏されるべきだとしたら、まさしく山の頂の方角に、息と思いが目指すべきポイントがあるというのは悪くない話だ。


レッスン

posted by take at 11:12| 活動報告

2017年08月29日

工夫の実


誰もがその名前を知る現代日本を代表する棋士、羽生善治さんの言葉です。



三流は人の話を聞かない

二流は人の話を聞く

一流は人の話を聞いて実行する

超一流は人の話を聞いて工夫する



凄い!かくありたいなあ。

超一流の彼が、あらゆる人を見つめ、様々経験し、時には教え、感じ、思い、考えた上に至った価値観だろう。強い説得力が実感できる。

自分が極めたいからこそ没頭するものには、本能こそが工夫をするという欲を持つといいですね。

少なくとも、頭ではわかってはいてもやり方が見つけられず、停滞からの閉塞にはまる若者には、まずやる気を求めるのではなく、独創的な工夫に対する興味へと導き期待したい。

既存のスタンダードを理解しつつ、意表をつくという進化にこそ、未来の可能性と我が生きざまの充実があることを、この言葉が教えてくれている気がします。


打ち合わせ

posted by take at 15:45| 活動報告