2019年05月30日

そおねぇ


先日ホキ美術館へ行った際、家人はお土産絵はがきをいつも以上に購入していた。イヴリー・ギトリスさんの絵を観に行ったこともあり、バイオリンの友人たちにと。


ギトリスさん以外にも、小さな女の子がバイオリンを弾いている絵があり。そのリアリティーたるや素晴らしくて。

聞くと弾く姿を描きたい気持ちもあり、画家は娘にバイオリンをやらせたとのこと。

実は公募展等で楽器を描いているのを観たとき、クオリティの低さを感じることがある。被写体として、あゆる楽器は興味の対象になるのだろうが、身近じゃないんだろうなあとはっきりわかるくらいつめが甘かったりする。

家人も、楽器と演奏家を描きたがるのは、自身が吹くだけでなくあらゆる楽器を身近に見ているからであり、やはり表現したときの「玄人感」は、素晴らしいなあと思う。

そんなだから、バイオリンを描いてみたくて娘に実際やらせたというのはよく理解できるし、絵全体のリアリティーは素晴らしく、構えたフォルムも実に様になりまくっている。ちっさい娘、こんな感じねと。


アマチュア奏者の友人に、ギトリスと少女をセットであげたのだが、ケースに貼ったのは、少女の方だったらしい。

どっちにしようか悩んだが、やっぱり可愛い方にしちゃったと。



そお、そぉだよねぇ〜〜〜。

世界中の尊敬をあつめる御年九十七歳の巨匠をもってしても、小さな女の子には勝てないんだよねぇ。

尊敬はされてるけどねぇ。やっぱりねぇ〜。

んなもんだよねぇ〜〜。


川越へ

posted by take at 16:17| 活動報告

2019年05月29日

チョコ美

2019053009420000.jpg2019053009430000.jpg


大学生がウィーン研修から帰国。お土産にリンツのチョコレートを買ってきてくれた。ありがと〜う。

リンツは皆さんよく御存知だと思いますが、スイスのまいう〜チョコ屋さん。世界中で絶大人気。味や豊富なラインナップのみならず、パッケージやお店の雰囲気もなかなかにオサレ!


今回貰ったチョコが入っていたペーパーバックがこの通り、いい〜んですよね。

袋がもうチョコレートしとるわけです。ショコラカラーの中、いかにも美味しい板と湯煎したようなトロリアンが共演。茶色美し過ぎます。よゐこは食べないでね。(よゐ子やぎはどうぞ)

で、裏はショコラティエが、最高の仕事やと言わんばかりにトロ〜リやっとるわけです。


1日に必ず一枚は板チョコ食べるカカ夫にチョ子ならこの袋で禁断症状、そこまででない人も耐えられず彼らにお土産買っちゃいます。


溢れるチョコ愛に自社製品に対する誇り、世界をチョコでコーティングしたいというカカオ100%な精神の現れですね。


川越へ

posted by take at 10:05| 活動報告

2019年05月28日

歌上手っ!


若者のレッスン、メロディアスエチュードの一曲。どうもいい感じの表現までたどり着いてない、技術的に吹きあぐねており、たどたどしく。


「一回ちょっと歌ってみ」

「……」

「声に出して、ラ〜ララでいいから」

「ラ〜〜ララ♪♪♪♪♪♪♪♪」



驚いてしまうほどいい感じで、何より上手い。声楽家的発声、低めの響きをだっぷりと、まさに音楽的歌唱。


「凄い、君歌上手いじゃん!!」

「は、はあ」

はにかんでいる。

「それをトロンボーンで吹けばいいだけなんだよ!」

ストンと納得したような表情ではないが、ぼやっとわかりかけてるような目つき。


その配線さえ彼の中で繋がれば、トロンボーンは劇的にスキルアップし、そこから先は順調に伸びるはず。問題は繋がるかどうか。


でも、これは彼だけの問題ではない。生徒たち全員に必要なこと。

歌わせたら音痴だってこともあったが、歌い慣れてないということも確か。

息やスライドやタンギングがどうこうの前に、このシンプルな話、潜在的音楽を存在させ繋げることの重要性を感じさせられた名歌唱。

出会えてよかった瞬間。生徒に感謝。


N響ミュージックトゥモロー

posted by take at 12:15| 活動報告

2019年05月27日

オーケストラをやめられない


前回のマーラーの演奏会で、子育てのため一旦ブロカートを離れることになった女性がいる。

バイオリンが上手で、御主人の仕事の関係で長期に渡りパリに住んでいた頃も、レッスンを受けながらずっと弾いていたらしい。

本当に待ち望んだ子供。何よりも彼女が一番大切にしたい存在であることは、その見つめる眼差しから一目瞭然。

そんな彼女だから、成功したマーラーの打ち上げでは号泣。本当に苦渋の決断だったようだ。


そんな彼女が、昨日の練習途中から登場。このクール二回目、ブラームスのバイオリン協奏曲の初練習のタイミングで、もう現れてくれた。

今までのように毎回とはいかないが、こられるときは来て弾くようだ。

僕はとても嬉しかったと同時に


「彼女は、オーケストラをやめてめてしまうのは無理だな」


と思った。


休憩時間、楽譜を凝視しながらさらう彼女を暫く眺めていた。

こちらの視線に気付き「あー、どーも」的なタイミングもあるかと思いきや、視線は楽譜に刺さったまま。指と弓を身体に染み込ませることに夢中。ついに僕との意志疎通はなかった。



永くプロとしてオケマンを全うし、定年で離れたが、オーケストラで吹きたくて吹きたくてたまらない人もいる。会話の端々に、オーケストラステージへの憧れが顔を出す。



それなりに永くオケマンをやり、思うところあり転じる人もいる。もちろん全員ではないがそんな人の中には、「もう20年やっかたらいいかなと思って辞めたが、実は後悔している」と語る人も。

20年やったからもう充分ではなく、20年やったから離れてみたら後悔するのだろう。



オーケストラで演奏することに、何ものにも変えられないかけがえのない幸せを感じる人がいる。プロアマ関係なく、そんな人はやめることはできないし、できればやめなくてはならなくならない方がいい。


僕はN響という恵まれた環境で演奏することができている。残りの方が短くなってきてはいるが、ひとつひとつのステージ、一曲一曲が「もう最期かもしれない」と、独りでは到達できないこの幸せな瞬間に、心から感謝しながら音を出したい。



今日N響にて、オケマンであり母であるとあるプレイヤーに、ブロカートの彼女の話をした。


「私が子守りしてでも弾かせてあげたい」


彼女もまた、手放すことが出来ない、そんなステージを愛しながら幸せなときを生きている。


N響練習

posted by take at 21:48| 活動報告

2019年05月26日

では演奏家は?


被写体に対するリスペクト。

生み出すものが、単純に人間にとって価値ある魅力に溢れていること。


作曲家に願いたいこのふたつは、演奏家にとっても必要だ。


演奏自体が魅力的でなければならない、なんてのはおさな子でもわかる当たり前。

そして、きちんとリスペクトできる気持ちだ。

作品や作曲家、楽器や聴衆に対して、敬う気持ちをもち、その気持ちで「選ぶ」ということができるような人間でないと、素晴らしい演奏家にはならないのだろう。


なんとなく題材を選び、なんとなくさらって表現しているだけだと、大多数の生まれては消えている音楽たちと同じなのだ。


N響練習、ブロカート

posted by take at 17:47| 活動報告