2019年04月15日

どちらが大事と言うのなら


「復興より大切なのが……」

びっくりする愚かな発言に、日本中が呆れ、怒り、そして馬鹿にしている。


僕は正直この発言主はどうでもいい。興味がない。

ただニュースを見たあと、時間と共に沸々と沸いてきた怒りは、国民に蔓延しているように思う「復興よりも大事」という潜在意識。忘れていたかのようなそれを、目の当たりに示されたようなことに対して。


実は今回の発言の逆の価値観、それこそが現実的に必要なのではないか。


「復興の方が大事」


自分の何か一部、自分たちの何か一部より復興の方が大事。

一人でも多くのそんな人間的心根が必要。それなくしては正しい復興は成しえない。本当に、大変でなくはないのだから。


広島復興支援リハーサル、川越へ

posted by take at 00:44| 活動報告

2019年04月14日

凄きマーラー


モーツァルトもだが、マーラーの山、その頂は高かった。

ブロカート初めてのマーラー。まずは一番からと取り組んだのですが、なかなかに苦戦。ただ最後は団員一丸となって登りきり、御来光も拝めた気がしました。


練習の流れは、結果的に細かく書かれてあるマーラーの指示をきちんと守っていく、雰囲気で演奏してしまっているものをひとつひとつうめていく作業でした。

それはいつものような音程やリズムの精度だけでなく、強弱の正確な推移、そして音色から醸されるビジュアル的な世界観にまで及んだ。


そうした結果現れたマーラーの主張は、あまりに繊細でデリケートであり、清潔性ともいえるような美しさとドラマでした。


第一番から未熟さを感じさせない。それどころか演奏機会が多く、人気と安定性を誇っている。

指揮者として大半の時間活動し、夏の間しか作曲しなかったマーラー。

あまりに素晴らしい才能に、改めて感服した数ヶ月でした。


ブロカート本番

posted by take at 18:07| 活動報告

2019年04月13日

雄星な言葉


シアトルマリナーズの菊池雄星さんの発言が大変に興味深い。言葉の選び方、使い方。聡明さと豊かな人間性が垣間見られます。


同じ岩手県出身で高校生最速163キロを計測した大船渡高の佐々木朗希投手について語ったインタビュー。

映像を見た、と言って「やばい。(何でも)“怪物”を使ったら駄目。彼が基準になると誰にも使えなくなる」と、ずば抜けた能力を絶賛。

「なんか新しい名前を考えてください。怪物ばかり使うと、お化け屋敷になっちゃう」


彼自身も花巻東時代は最速155キロを誇り「みちのくの怪腕」と恐れられていた。同校後輩のエンゼルス・大谷ら世界レベルを次々と生み出す故郷については

「花と一緒。環境が育てる。周りの人たちが温かく見守ることで育てられる。そういう文化が岩手県にはある」


お化け屋敷が出てくる出色ユーモア感覚。

そして、環境の表現が花!女性が嬉しくなるようなロマンチシズムがチラリと現れ、土や大地にたとえるスケールの大きさも。

……花はなかなか出てこないすよ。

温かく見守る人から、根気と積み重ねと愛情、感謝が聞こえ、最後に被災地でもある故郷を誇り、復興支援を更に希望するような博愛も。


言葉がとても豊かな印象。これからも注視してみたい。


川越へ、ブロカート

posted by take at 08:17| 活動報告

2019年04月12日

悩麺


リヒャルトH乃ワーグナーから質問が。


「先生は好きな麺の順番は何ですか?私は、ラーメン、パスタ、うどん、焼きそば、おそばの順番です」


……そういう風に考えたことはなかったやんけ。



いや、順位っちゅうかさー。それぞれ魅力あるわけでえ。

うどんとそばどちらが好きみたいなのはよくあるし、なんなら僕の場合は世界的イメージとしてうどんと言ってなきゃ周りが納得しないっていうかあ。

え?別にそこまで期待していない??じじーしき過剰?ご麺ね。


ただあれだね。ラーメンが1位かと言われれば、嫌いじゃないが違うね。

そっか!1位候補を消去法でいきゃいいのか。選ばなかったからって、明日から食べられないわけじゃないもんね。

じゃあパスタでもないなあ。女性は1位って人多いだろうなあ。ソースや合わせるもの、絡むものの魅力も嬉しい部分としてはとてもいいんだけど、麺以外もかなり主役感で楽しむとこもありーの。

焼きそばもなあ、好きでよく食べるが1位ぢゃないなあ。なんか「アウトドアイベントヤングジェネレーションガッツリズルズルやりきり満腹どやっ!ソース好きやぞっ!!」てイメージかなあ。それならうどん焼きがいいかなあ。

そばは……悩みますね。結局立ち食い含め一番食べてる気がします。うどん県離れてから。ただ、そばの味は好きだが出汁を楽しんでいるパーセンテージ高いね。


え?うどん??聞きたい??うどんのこと。あっそ。じゃあねえ……


うどんはぁ、どーなー(DNA)にガッツリ染みてるんだけど、実は透明感のある白、その清潔なイメージと爽やかとも言える口の中に入れたときの感覚がね、なんちゅうか、若き日の純真を感じるっちゅうか、けがれなさというか、で柔らかさと弾力の人肌のような人間的快感がね、真珠のような艶と相まって、ラーメンが動物的野性味に溢れているというなら、羽衣をまとった天女というか神の領域というか、まあ天国的幸福境地っていうのかなあ、桃源郷麺って表現かなあ、僕自身の品格を目指す生き方と合致すると言うかなんと表げ……

わかんないなあ、1位


沖縄県芸レッスン
うどん、そば、パスタ、ラーメン、焼きそばにしときます。あ!ラーメンにも誘ってねm(__)m

posted by take at 09:25| 活動報告

2019年04月11日

タッチ上がり


ピアニストによって、同じ曲でも和声感が違って聴こえたりする。ピアノの調律は違わなかったりしても。もちろんピアニストがどう感じているかだが、具体的には

「タッチのタイプで音程の聴こえ方が違ってくる」

ということになる。


私たち管楽器の世界では、音の立ち上がりへのアプローチにタッチという言葉はほぼ使わない。

ピアニストの指からなされるものというイメージだし、後は絵画やデッサンの方。タッチといえば、手や指から作られる印象になる。


ただ、音が出た瞬間のキャラクターで音程の聞こえ方が違ってくるというのは、ピアノも管楽器はじめ他の楽器も同じだと思う。

演奏家自身の音の立ち上がりの感じ方、アプローチによって、音程は違って感じられるし、なんなら良く聞こえたり悪く聞こえたりもする。

私たちの意識自体が、そういう意味で立ち上がりをぼやかさない方が、説得力ある音程に繋がるわけで、タッチという言葉を使った方がイメージしやすいのだとしたら、導入もありかと。


「音のタッチをぼやかさないで、クリアーに感じて!」


聞き手は、音が聞こえた瞬間に音程を感知し、そこで既に印象が決まってしまっている。そのあと変わるとか揺れるというのはまた別の話。


沖縄県芸レッスン

posted by take at 07:35| 活動報告