2017年10月12日

言葉の量


男性の皆さん、ご存知ですか?女性の怒りはポイント制だということを。


喧嘩になった瞬間、大体スターターは相手側だとお互い思っています。いつ発火したのかは男女で感覚が違うので、そこで争っても不毛です。

ただ男が理解しておくといいことがあります。それは……

「女性は、ある程度不満に感じても自分の中で納めて我慢してしまうことがある」

ということ。ただ、その瞬間にスタンプカードにハンコをひとつ押しています。

そしてそれがカードいっぱいにたまった瞬間に爆発します。

男からすると「へ?こないだ同じこと言った(した)けど、何ともなかったじゃん」となるが、その時皆さんがよく聞くことになるあの台詞が飛んできます。


「わたしは、ずっと我慢してたんですっ!!!」


つまり猶予を与えながらハンコを押し、こちらが自主的に更正するのを待っているのです。

これは怒りの内容が同じとは限らなくても、様々な不満でたまっていくよう。

しかし男は、今までは許されているのでオッケー、雰囲気も悪くないからオッケーと思いながら、繰り返してしまう。ここが落とし穴です。


先日改めて知ったのは

「カードの最後のひとつを押すきっかけになる不満、その大きさは関係ない。どんなに小さくても、過去のより小さくても、その時がきたら最後のハンコは押されてしまう」

ということ。このカードが何枚か溜まり、

「もうムリ、こいつないわ」

と思われてしまったら、そのあといくらどんな挽回のアプローチをしても、好意の回復は無理だと。


逆に、優しい言葉、喜ぶ言葉もたまるのかもしれない。それは僕にはまだ解明できていない。


とにかく会話でストレスを発散し、会話で喜びを感じるのが女性。男より「言葉の量」が価値観に占める比重は大きいようです。


ジパング

posted by take at 14:50| 活動報告

2017年10月11日

世界の中心でテンポ不明


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Nーcrafts練習

posted by take at 08:39| 活動報告

2017年10月10日

川の流れのように


先月末に出演したまざーぐうすの公演では「ア・ソング・フォー・ジャパン」ともう一曲、アンコールで「川の流れのように」を吹きました。

これは主催者からのリクエスト。300人以上埋めつくされたサントリーで吹く川の流れは、とても新鮮でした。

大槌では何度も演奏してきた曲。盟友桑田晃監修の曲集からです。


やる度に歌い方やフレーズ感、ブレスコントロール等がより良く定まってきた印象。

ただ間奏を挟んでサビを二回吹くバージョンの、全体としての持っていき方は、何回吹いても更なる工夫の必要性を感じてしまう。

他のポピュラー曲にはほとんど無い構成に対する悩みであり、それだけこの作品が奥深く、内容に満ちた名曲だということ。


実はトロンボーンの大抵のピースより、気持ちが入りながら吹いているのも確かなのです。


川越へ

posted by take at 21:12| 活動報告

2017年10月09日

ちゃんとよりルールより


例の「ミュンヘンコンクール課題と違う曲吹いたのに予選通った話」は、楽聖はじめいろんな人たちに驚愕と共に迎えられる。

「日本のコンクールだとダントツに上手くても、違う版で吹いたらもう落とされるだろうね。要項見なかったのかって、そんなスットコさを強く非難する。少なくとも一位にする勇気がでない。後々のこと気にしたり」


これらについて考えれば考えるほど

「ちゃんとしていることと魅力的なこと、どちらが価値があるか」

というテイストにぶつかる。

もちろんみんな「ちゃんとしてて魅力的なもの」というのを要求するだろうが、日本人の場合、

「ちゃんとしてるけど魅力的じゃないもの」

「魅力的だけどちゃんとしてないもの」

だと、ちゃんとしてる方を選ぶ気がします。とにかく日本人はルールが大事だし、ちゃんとしてないものは苦手だから。


だからまずちゃんとすることを要求し、それこそをやろうとする。ただそれで本当に突き抜けた魅力が派生するのかは正直疑問だ。

人間の感性、その成長における順番の話。

もちろん「ちゃんとしてない」も程度問題だと思いますが、本当に魅力的な原石が育っていく可能性があるなら「ルール(ちゃんとしていること)」に対し、幅を持って寛容に認めればよい気がしてきました。


演奏の場合

楽譜の通りである、リズムや音程が正確である、ミスがない、癖がなくスタンダードである、よりも……


やたら音がいい、歌い方がなんとも魅力的、聞いたことない良さ、他の人と明らか違う


あたりを求めてみるのはどうでしょう。

ちゃんとするのは、急がす慌てず、音楽家としての人生の時間をかけてと。


レッスン

posted by take at 17:20| 活動報告

2017年10月08日

復興の共有


今回のチャリティーコンサートは、心豊かな大人の方々の、思いのつまった温かいものになりました。

六年半はやはり長く、風化や無関心との闘いにくじけそうになる場面もありますが負けるわけにはいきません。

潜在的に

「自分は本当は何かをするべきだ」.

と思ってらっしゃる方はたくさんいる。企画がありそこに居合わせれば、その思いを心の奥からひっぱり出してくるきっかけになる。

休憩と終演後、募金を募りながら多くの人から声をかけられ、その言葉のひとつひとつから強くそう感じました。

「まだまだ大変なんですね」「自分も何かできればと思います」。そんな言葉の最後に、年老いた女性から 「素晴らしいことをなさっているのですね」と言われた。

僕は瞬間涙が出そうになり、それをこらえるので精一杯になった。

活動が辛く、労われた気持ちになり感動したのではない。自分たちがやっていることに対して「間違ってないよ」と言われた気がしたのです。

当然間違ってなんかない。しかしままならぬ復興にやきもきしながら、無力な自分を感じたり、やり方に対し不安になったりした瞬間がないわけではなかったから。


打ち上げでは、今だからこそ出るであろう様々な意見、価値観に対し、説明責任すら感じている竹森さん(NPO日本の道、槌音プロジェクト)の真摯な対応に、やはり身が引き締まる思いがした。

負けるわけにはいかない。

ひとりでも多くの人と「復興を共有する」ために定期的に企画し、発信し、参画し、ぶれずに進むしかない。


大槌の人たちの充実感あふれる町の再生目指して。


チャリティーコンサート

posted by take at 08:31| 活動報告