2019年03月16日

薬師丸ひろ子さん その1


僕と薬師丸ひろ子さんは、ほぼほぼ同世代。「セーラー服と機関銃」のときから、可愛らしい彼女にはほのかな憧れがありました。


あるとき「みんなの歌」から『窓』という曲が流れてきました。


「あ、薬師丸さんだ、相変わらず綺麗な声…………ん?これ、いい曲だぞ」


歌声は特徴があるので、瞬間に彼女だとわかります。(「食彩の王国」等ナレーションの声もすぐわかりますね)


同じ時期、昨年の5月くらいか、沖縄へ跳ぶANAの機内放送のチャンネルに「薬師丸ひろ子スペシャル」があり、聞いてみました。

ゲストでご本人が出演していたのですが、話の内容、語り口も、本当に素敵なお人柄が滲みでていて、かなり感じ入ってしまいました。

ある意味芸能人っぽくない印象で、一人の人として、とても素敵な年の重ねかたをしているように感じたのです。同世代として、強く共感できる何かがあり、尊敬の念もわいてきました。

そしてその放送で、彼女がなんと!20年ぶりにリリースしたという『エトワール』というアルバムの曲たちを聞きました(中にはあの窓もありました)。

結果的に帰京の便でも聞き続け、着陸する頃には「帰宅したらこのアルバムを買おう」と。


美しい曲の数々も彼女のトークも、優しさと愛と、何より思いやりに溢れたとてもヒューマンなものに感じられ、なんだか一気に好きになってしまったのです。


初めてになるのですが、CDではなく配信でアルバム一枚分を購入。iPodに入れて様々な場面で、気づいたら毎日のように繰り返し聞いていました。

なんこやからの帰り、那覇での道すがら、N響はじめ旅先でのあちこちでも……


そんなエトワールとの日々、何ヵ月か経ったある瞬間、僕はある不思議なことに気づくことになるです。


N響オーチャード定期

posted by take at 20:16| 活動報告

2019年03月15日

奇跡


どのくらいのこと、いったい何を「奇跡」と呼ぶかは、人それぞれでしょう。



音楽って、奇跡だなって思う瞬間、多くないですか?


曲そのもの、どこかの場面、演奏の瞬間、音、居合わせている自分の状態と演奏の出会いから生まれる感動、涙、信じられないような瞬間


一期一会の奇跡


人として生きていて、奇跡だなって感じられる瞬間があるというのは、幸せなことだと思います。

何よりその奇跡こそが、私たちを「もっと生きたい」と思わせているのかもしれない。


小さな奇跡は日常にちりばめられているし、長く生きていると信じられないような奇跡に身体中が驚くほど震えることもある。

僕が音楽の奇跡こそを信じている以上、理想をもって追い求めることをやめてしまわず、生き続けるしかない。


もし人生に奇跡が必要だとしたら、人類は音楽無しでは生きていけないだろう。

なぜなら、音楽にこそ奇跡は溢れているのだから。


N響放送記念日
遅ればせながら「ボヘミアンラプソディ」を観ました。辛さを伴った人間ドラマであり、音楽賛美でしたね。主役の演者の目の中には、確かに奇跡が見えているようでした。


posted by take at 19:43| 活動報告

2019年03月14日

好き好き!はじわじわ来る


まだ小さかった芦田愛菜ちゃんが

「一番好きな食べ物はきゅうり」

と言ったときは、びっくりしたと同時に「本当にきゅうりでいいの?世の中には美味しい食べ物いくらでもあるよ」とつぶやいたもんです。

今でもきゅうりやろか?


きゅうりは嫌いな人がいますよね、匂いがいやとか。

僕は、嫌いではないが特に好きというわけでもなくまあまあであり(寿司の〆はカッパ巻き)、ましてや一番好きというのは勝手ながら凄く不思議だった。

ところがこの価値観を知ってから、きゅうりを食べるときに「これが他の何よりも好きっていう人いるのよね」と意識すると、どの味がそこまでヒットするのかと、舌が無意識に魅力を探したりしていたのです。

そして気づくと、あの衝撃の平成芦田発言の前より、気づくときゅうりが好きになっている自分がいた(一番とはいかないけどね)。

実は愛菜ちゃんのアピールは、確実に僕の幸せに貢献していました。


チューバの池田がN響に入団した当初から、なかなかに激しいアピールだったのが

「何よりも鶏肉が好き」

これまた、ちょいとビックリしたんです。

まあ肉は好きですよ。でも一番好きかっちゃあ、他のものにしたくなる。寿司やカレーやラーメンが一番って言われると、なんとなく納得するし、実は納豆がとか、実は生クリームがとかは理解のツボにはまる。

もちろん鶏肉はあらゆる場面で好きだが、それが何よりもで、朝から三食いけて、禁断症状がでるくらいだと言われると「…………」と、無言のハテナになったりしていた。

しかしこれまた、気づくと笑激の平成池田発言の前よりも、気づくと鶏肉がより好きになっている自分がいるではないか。

やっぱり彼の「好き好き」は、僕の幸せを膨らませていたわけです。


特別に好きなんだ〜〜〜!!と、強くアピールし続けるのは、時間差で周りの幸せに貢献する可能性ある善行かもしれませんよ。


「スカイダイビング好き」っちゅうのは、やる人限られるから「ふ〜ん、そーなんだー」で留まる可能性あるけど、食べ物はみんなもれなく食べるしね。


意外に思うかもしれませんが、ウザいくらいの「好き好きこだわりアピール」は悪くないコミュニケーショントークだと思ったのです。


N響練習

posted by take at 19:20| 活動報告

2019年03月13日

やましさを選ばない


「清原氏のイベントで見せた穏やかな表情。あまりに久々に見られた顔が印象的だった」

「その際本人から語られた“一番変わったことは、周りに正直にものが言えるようになったこと”という言葉に重みを感じます」

テレビで語られていたこれらのコメントは、改めて僕に大事な生き方を思いおこさせます。


犯罪者でなくても、私たち人間は皆、周りに対して隠し事をしながら生きている。つまり多かれ少なかれ、100%正直ではなく嘘をつきながら生活をしている。(本意じゃなくても同意するような罪なき嘘含め)


無人島でたった一人で生きるなら、一切虚偽なく正直に生きるだろう。

つまり人やコミュニティと生きたくてそれを選択する私たちにとって、その喜びの代償が

「嘘をつかざるを得ない」

「なかなか正直にならせてもらえない」

ということだと思う。


しかしこの副作用の打破は、コミュニケーションの対象である相手ができることではなく、自分の選択でしかなし得ない。


できうる限り正直に生きる。

表情にも表れてしまうような、やましいことをかかえてしまう生き方を選ばない。

嘘をつかなくてすむように、魅惑的だったり自分に都合の良いことでも、勇気をもって諦めるという判断、選択ができるようになるしかない。

その最上級が覚醒剤含め犯罪だとして、そこまでではなくても、家族はじめ周りに対してやましいことを選ばず、極力正直に生きることをする。

後ろめたさを宿す魔がさすような選択の瞬間がきたとき、その十字架を背負ったらどれだけしんどい時間がくるか、必ずやばれてしまい思ったよりも辛くなることの想定ができ、現状の幸せこそを感じ、選ばないという判断をする。

それこそ誰もとがめない唯一の方策。


そして、自分の保身のためにつく嘘の大半は、結果的に保身になってないことも知りたい。

周りはわかっている。なぜなら、みんながそう考えたりもする人だから。


清原氏の発言と表情こそが、周りが望んだ彼自身の幸せでもある。


N響練習

posted by take at 21:40| 活動報告

2019年03月12日

大槌駅よ永遠なれ

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今月23日に遂に再開通する三陸鉄道リアス線。八年のときを経てやっと!やっと!!釜石宮古間が電車で繋がります。

今日は新しくなった大槌駅を見に行きました。


僕はいわゆる“TETSU”ではないのですが、線路やホーム、そして駅舎を見た瞬間、えもいわれぬ喜びが溢れてきました。

駅というのは、あって当たり前みたいに感じるのがほとんどで、敢えて当然以上に意識することはないが、失われていた町のあらゆるアイテムの中でも、再登場がこんなに心揺さぶるものかという新しい気持ちに、自分自身で驚いてしまいました。

実際、地元の方々の利用頻度は低いだろうという予測はあるが、しかし釜石から大槌、山田、宮古という三陸海岸が電車で繋がったことは、あらゆる繋がり方の中でも特別過ぎるくらい重要なこと。

寸断されていたことの残念感、町々の孤立感は、現代社会らしからぬ悲惨さを助長し、なされていない復興の象徴のようでもあった。


震災直後の見るに耐えないあの惨状の中でも、特に駅の残骸、線路の断片はあまりに悲しいものとして記憶に刻み込まれている。


新しい駅舎はそれはそれは美しく立派で、いずれ多くの人がこの扉をくぐり、出会いや別れ、笑顔や涙に彩られ、賑わいに溢れるのだろう。

線路は、釜石方面宮古方面へとしっかりと根を張り伸びきっている。真ん中に立ち各々の彼方を見つめると、確かに大槌は繋がったのだとの確信ができた。


新しく区画され建物が建ちつつある内陸から線路を挟んだ反対側は、もう住んではならない場所に制定されており、かさ上げから鎮魂の森へと変わっていくのを待っている。

震災前は、駅付近のそちら側含め、大槌にある飲み屋は100軒は下らなかったと聞いた。町の大きさからすると大変な数だ。多くの船々が入港し、あらゆるものを積み下ろしていた、多くの人々の往来で賑わった町だったことが想像できる。

綺麗になりつつある町の課題は「人」。

厳しい見通しもあるが、住民の帰還、新しい人々の大槌への居住、訪問はかつての賑わいへの必須だ。

愛すべき大槌にとって駅の再開こそがその入口になって、あらゆる復興の加速への門になることを強く願う。


命を待つ駅の姿は、その予感に包まれた雄々しさを、確かに放っていました。


帰京
TETSUではない僕が駅や電車の登場に心から感動したのは、瀬戸大橋に続き今回二回目。23日の開通イベントには再び来て、一番列車を迎え、滞在の五分間、電車内を練り歩き演奏予定。楽しみだ。

posted by take at 17:48| 活動報告