2019年09月12日

音移動


今の僕の理想の音は、


「時間と共に最も移動する音」


です。

何が?と言われそうですが、とにかく極めて止まらない、動く音。

音程が動くとか、ビブラートのように波打たせることができるという意味でもありません。

時間の推移と平行して、未来へ移動する。それが移動すればするほど良いと考えています。

そんな音が一番響いていて倍音も多く、美しいのではないかと。


美しい音、明るい音だけをイメージすると、その瞬間を見つめる意識のせいで、美しくても止まっているような音になる可能性がある。


とにかく、止まらない時間、未来へ移動し続ける時間に寄り添い、まず自分の意識が止まらず、生き物のように動き続け、移動し続ける。流れ続けるとでも言うか。

スムーズにスムーズに。

エスカレーターではなく、ましてやスローモーションの画像のようではなく。

敢えて言うなら、フィギュアやトラック競技のスケーターのように、速く、滑らかスムーズに音が未來へ滑りたい。


N響定期練習、ソノーレ

posted by take at 18:17| 活動報告

2019年09月11日

視点の往復(ワンクッション)


このブログにも書いたことありますが、僕は若い頃から「歌いましょう」という投げ掛けがピンときてません。具体性が感じられないからです。(歌を歌うように吹くならわかる)


最近のレッスンにおいて、このことに関して更に思うことがありました。


歌おうと思って吹くのではなく、歌っているように聞こえるアプローチをしなければならない。

歌おうと思いながら吹くと、結果歌っているように聞こえない。そうではないアプローチで吹いてはじめて、演奏家の意図した「歌っている」になるのだと思いました。

理由は「瞬間入魂表現」になり、流れが失われがちになるからだと思います。


同様に、演奏には流れが大事だから「流れるように」と感じるのも、違う結果になりがち。

タイミングの曖昧なふわふわした演奏になってしまう。

よき流れに聞こえるためには「流れ」という言葉のイメージとは離れるようだが、くさびをうつようにきっちりタイミングを感じ、そして流れの先の「目的地」こそを定め目指すことが必須。形容詞的ムードで流れを感じてはならない。


歌うも流れも、結果そう聞こえるようにというのは、素直に自分の中に宿るやり方から更にワンクッション計上し、客観的視点までたどり着きアプローチを模索するということ。


この視点の往復は、日常コミュニケーションにおいても最も大切かつ必要なもの。

演奏もコミュニケーションも、自分からの一方通行ではまず望んだ結果にならない。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 16:57| 活動報告

2019年09月10日

クレーム無礼れ


宇都宮出身のある低音金管演奏家のエピソード。

「中学生のとき、〇〇交響楽団の先生に挨拶しに行きたくて習ってる先生に電話したら、宇都宮公演があるから行きなさいと言われ、家族全員でチケット買って聞きに行ったら、ベートーベンプロで、最初から最後までステージに現れなくて。まあ、僕が編成に無いってわかってなかったんですが」


わかるよー。


モーツァルトとベートーベンでの鳥取公演に、自分は行ったはずだと言い張るトロンボーン吹きたちもいるからね。(2019年7月25日 おめでたきトロンボーン野郎参照)



演奏旅行でのなかなかに楽しいやつを、ひとつ仕入れたので披露。

その地方都市はホールからホテルが密集する駅前までがかなり遠く、オケマンたちは皆タクシーを予約し、終演後乗り合わせて移動する。

21時終演のコンサート、ある若いオケマンがセクションを代表し「21時10分に楽屋口で」と予約を入れる。

しかしその時間、タクシーでごった返す楽屋口にて、予約車を探すが見つからない。

しばらく待ったが来ないので、タクシー会社に電話する。この街へ来ると必ず行くお気に入りの居酒屋を、30分後に予約しているのだ。遅れたくないし早く飲みたいし。


「21時10分に予約した〇〇ですけと、来てないんですが」

「あれ?〇〇様からは21時40分とうかがってますが」

「そんなはずないです!10分って言いましたよ!!」

先輩たちを待たしているのと、居酒屋到着の時間が気になり、はやる気持ちからついつい語気も強くなり。


彼が40分に予約した居酒屋に電話して、タクシー来ないとクレームを入れてたことに気づくのに、更に噛み合うはずのない会話が数往復あったようだが、当のタクシーはその直後にひょっこり現れたらしい。


居酒屋到着後、速やかに詫びを入れることになった一流演奏家の姿を妄想すると、微笑ましいやら言いふらしたいやら。


僕がやりがちなエピソードであり、自分の業績でないことが少なからず悔しい気持ちになるのは、M的病だろうか……


川越、大塚ハシゴレッスン

posted by take at 15:19| 活動報告

2019年09月09日

表現と宇宙


「先生がこの曲を吹いてるのは何度か聴いてきたのですが、またいつもと違う表現に感じました」

「私も、そう感じました。表現って無限にあるんだなって」


この瞬間、僕の心中が少なからずびっくりし、自問自答し始めた。


ん?何?表現が無限にある?………本当に表現って無限か?その言い方は初めて聞いたし、初めて考えたぞ。む、無限か? 有限のいくつかのパターンをやってるだけじゃないか?いや……(この間、約1秒)


「そうだね。君の言葉で初めて無限かどうか考えたけど、きっと無限だね。ということは、吹いて吹いて、死ぬまで吹いても全ての表現をやりきることは不可能だね」


つまらない表現はいらないわけだから除外していったとして、魅力的で面白い、なんなら感動する表現も無限にあるのかもしれない。

その中で、少しでもより良い表現、より好かれる表現、より感動する表現をやりたいが、それもきりがないのだとしたら


なんて凄い世界なんだ

言葉にならないよ


レッスン延期
宇宙をさ迷うように人生が終わるのか?…………

posted by take at 21:07| 活動報告

2019年09月08日

粋な金


先日飲み屋で年長御夫婦と話してた際、ここ何年かずっと気になっている「粋と野暮」について質問していた。


「いやあ、粋に生きるって憧れるんですけど、どんな生き方ですかね?こうやって聞いてる段階でもう粋じゃないのはわかってるんですが……」


「粋ってのは、一番難しいね。秘められたもんだよね。その人の人間性だから」


そう、だがら意識してやるこっちゃない。野暮の方はわかるんだけどなあ。


今まで何人かに聞いたのでは、お金の話しが多い。黙って皆の払って帰るとか。



ふと……


四の五の言わずに、とにかくお金を出す人


というのが浮かんだ。


そこにお金が必要だったとして、出す意味や価値や是非関係なく、とにかく何も言わずに出す人。

別に金持ちって意味じゃないんです。


いかがでしょう?


夜レッスン中止

posted by take at 20:27| 活動報告