2017年01月01日

賀状

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皆さん、新年明けましておめでとうございます。

新年早々お詫びなのですが、昨年住所録ごとパソコンが天に旅立ってしまい復活しきれなかったので、年賀状が書けませんでした。家人は例年の間違い探しは作ったのですが、12この間違いと書いておきながら実際には13こあったという、間違っている間違い探しになり、人からの指摘で気付くというおめでたい賀正と相成りました。ガショ〜〜ン。

今年は、今まで以上に積極的な考察からの変化を自分に課せたい。更に、楽聖たちの考え方をよく聞き、本当に必要なメンタルを正確に知り、要求していきたい。

皆さんにとって、実りある変化の多い年になりますように。

今年もよろしくお願いします。


元旦

posted by take at 09:40| 管理人よりお知らせ

2016年12月24日

やはり本物がいい


第九終わり帰宅したのですが、携帯をバックステージに忘れてきてしまい、タブレットでこれ書いてます。

マエストロ・ブロムシュテットのベートーベンは本当に素晴らしく、毎日奇跡とも言える時間が流れています。テンポややり口は定まっており、やる度に思い付きで変わるなんて場面は皆無な誠実さ。しかし毎回が新鮮に感じられるという本物の演奏。

僕はやはりこういうやり方にこそリスペクトしてしまう。

オークストラが整い、そして大いに歌う。上手く聞こえるようにというそういう練習もちろん大事だが、僕らプロの団体はいつも本物の音楽に出会いたがっている。

音が整うのより、指揮者と楽員全員の音楽がものをいう、そんな体験こそを数多くしたい。


N響第九仕事。本番三日目。

posted by take at 18:37| 管理人よりお知らせ

2016年03月13日

メッセージ

大槌で被災したのが、高校二年生の終わりだった臺君。以来、お父さん共々お付き合いがあります。

大槌高校卒業後東京で学び、現在はジャズミュージシャンとして、音楽を手に復興と歩む。

彼が一昨日放ったメッセージは、一人の被災者の実寸大の叫びであり、この心が震える言葉たちからこそ素直に感じ、気持ちを生み、明日からの道のりのエネルギーに変えることが大切だと思いました。皆さん、是非読んでみてください。

僕はもう10回以上、読んでしまいました……

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臺 隆裕 3月11日 22:14

大槌滞在 終了しました。

いろいろ書きたい事があります。
恐らく長文になります。
僕なりに気持ちを込めて書きます。読んでもらえたら嬉しいです。

3.11
5年前の今日
僕は死にました。
肉体的な死ではなく
それまでの臺隆裕はいなくなりました。
震災のショック
とかではありませんが
以前の自分の記憶がありません。
思い出はありますが、自分という存在がわかりません。
音楽は好きでした。それしか分かりません。

波に飲まれた街をみて感情に蓋をしました。
感じる事を放棄しました。
自分でも驚くぐらい簡単に蓋をしました。
涙は出ませんでした。

ヘドロや生臭い匂い
夜中もずっと爆発するプロパンガス、
火事で明るい夜の空
毛布一枚で喧嘩する大人
空腹を訴える子供
寒さに凍えるお年寄り
泣き声
そして遺体

感情に蓋をしたから見れました。

父さんが来てくれて
身内が生きている事を知って
少し余裕が出来た時

あぁ音楽やりたいなぁ
と思いました。
そんな自分に怒りました。
そんな贅沢言ってる場合じゃない。人が亡くなってるのにふざけるな。と。
音楽じゃ人を救えない。
泣く子供をあやすことも
凍えるお年寄りを温めることも
喧嘩を止める事も
亡くなった人を助ける事もできない。それまで音楽しか個性が無かった僕は 音楽の無価値さに絶望しました。

自分が許せなくて
さらに心の奥に行って
笑う事もなく
泣く事もなく
生きてる意味もわからず
心臓だけ動いてる物体と化しました。

直後に内陸に避難して
ラーメン屋さんに連れて行ってもらって
お冷が出てきたとき
え、飲んでいいの?
と父さんに聞きました。
父さんは悲しい顔をして
飲め
とだけいいました。

震災直後は
水もちゃんと飲めなくて
食べ物もミートボールぐらいのオニギリをもらって
それがとんでもなく美味しくて。

普通に水を飲むことが出来ませんでした。ラーメンなんて贅沢できませんでした。
それでも父さんは
食え
とだけ言ってくれました。
無理やり喉に通して
現地にいる仲間の事を想って自分だけ贅沢してるという申し訳なさが込み上げました。

内陸に避難中
僕は空っぽでした。
トランペットで鍛えた口は笑う事を忘れて衰えて
ギターで出来たタコがポロポロ取れて
音楽も出来ない
友達にも会えない
自分が分からない
そんな時間を一ヶ月過ごしました。

その間
自分に怒りながらも
音楽に対する欲は日に日に募って
6月やっと演奏が出来ました。
爆発しました。
全てが壊れました。
感情の蓋も涙腺も音楽に対する欲も他者と作っていた壁も

そこから新しい臺隆裕が生まれました。
明日死んでもいいように、
面白い事には全力で笑い
嬉しいこと、悲しいことには枯れるまで泣いて
毎日他愛もない話ができる家族や友達がいて課題に追われる毎日の幸せを噛み締めて

音楽をやり続けました。

ただ
僕は弱い人間です。
新聞やテレビでいろいろ書いてくださりますが、僕は本当に脆い人間です。
支えてくれる人が居なかったら
皆さんが知っている臺隆裕はここにいません。

ありがとうございます
という言葉はそれ以上の意味にならないので悔しいです。
ありがとうございます以上に感謝してます。

今年の3.11は僕の中で大きな変化を感じました。
まずここに被災体験をちゃんと書けること
被災した時にいた母校で街を見ながら黙祷が出来たこと
海岸にいって献花と献奏が出来たこと。
今まで怖くて出来なかった事です。

5年かけてやっと
震災を直視してます。

仲間がいて
支えてくれる人がいて
応援に駆けつけてくれる人がいて
自分の音楽に確信が持てて
やっとここまで来ました。

でも今日の追悼演奏
怖くて怖くて仕方なかったです。
やっぱり手が震えて
息は吸えなくて
歯が折れるんじゃないかってぐらい力んで
音が震えてました。
何度も涙が出そうになりました。
目が熱くなって
喉が熱くなって。
その場には100人ほどのお客さん
その向こうには1300人の死者
本当に吐きそうなぐらい緊張しました。
しかも5年前と同じ曜日
同じ天気
フラッシュバックしまくりでした。

演奏は下手くそだったと思います。
それでも今までの3.11で1番胸をはれた演奏が出来ました。
人との繋がりを感じていました。

僕がやっていることは自己満足かもしれません。
それでも生きてこれてます。
死ぬ時後悔したくないので被災体験を音楽と言葉で伝えたい。本気でそう思ってます。
それが僕が亡くなった人に対して出来る唯一の事。

そして大槌の為に出来る唯一の事。

それを支えてくれるどころか同じ立ち位置で肩を組んでくれる仲間がいる。
応援してくれる大人がいる。
音楽が出来る。

幸せです。心の底から。
笑えてよかった。
泣けてよかった。
生きてこれて本当に良かった。
だからこそ亡くなった人の為にも僕は必死に生きてみせます。
絶対に亡くなった人たちの事を忘れさせない。
僕が生きてる間は絶対に。
僕の命はそこに燃やしたい。
いつか僕が死んだ時
同じことをしてくれる人が現れるように大槌に音楽を教えにいきます。その為に東京に帰って勉強します。

まだトランペッターとしても
大人としても未熟です。
勉強させて下さい。
演奏させて下さい。
伝えさせて下さい。
話を聞いて下さい。

僕はどこへでも行きます。
呼ばれればどこへでも。

もちろん受け身になりすぎないように自分でも動きます。その時は足を運んで下さい。

5年という月日で
変わった事は沢山あります。
ただ知っておいてほしいのは
5年は5年。
6年目も現地は変わらずに静かに3.11を迎えます。
区切りじゃないのです。
まだまだ助けは必要なんです。
これからは音楽が真の価値を発揮できる期間です。
音楽家の皆さん
プロもアマも関係ありません。
一緒に動いてください。
あなたが音を出す事に意味があるのです。
企画者のみなさん
一緒に考えてください。
あなたが被災地を考える事に意味があるのです。

これからが僕の本当の戦いです。
でも先ほども書いた通り僕は弱い人間なので皆さんのその胸にある熱いエネルギーを僕と被災地に届けてください。亡くなった人に届けてください。

一緒に戦ってください。

僕は
【槌音プロジェクト】は
その最前線に居続けます。

みなさん

改めてこれからも
臺隆裕をよろしくお願い致します!!!

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Nーcrafts松山公演。


posted by take at 18:54| 管理人よりお知らせ

2016年01月23日

輝け!おっさん語


携帯は生徒が送ってくれたので、今頃空を飛んでいると思います。一緒に帰ってきたかった。

今日川越でレッスンだったのですが、「息を送り続ける」というのを強く訴えるとき、

「息を送り続け続けるのを続ける」

と続け被せをしても、日本語として成立した気がしました。

「それ良くなくなくなくない?」より直ぐに意味がわかるうえに、建設的ワードプロセッサーとして、価値ある生き方ができた気がしました。

ギャル語もいいけど、おっさん語もね!

川越へ。

posted by take at 21:50| 管理人よりお知らせ

2016年01月22日

おばかばかばか


沖縄から帰ってきたのですが、しっかりと携帯を那覇に忘れてきました。

はあーー。

初めてコンピューターでこれ書いてます。アホみたいですがガラケーの方がぜんぜん書きやすい。

明日は沖縄でも雪が降る可能性もあるとか。降ったらとにかく大騒ぎだと言ってました。

あ、靴、戻ってきました。

ここらへんが限界です。皆さん、また明日。


沖縄県芸、レッスン。帰京。


posted by take at 22:31| 管理人よりお知らせ