2023年11月20日

結局的確な準備だけ


最小限とも言える行動から、人生一括りという最大のものまで。

失敗したいと思っている人なんか1人もいない。全員が全ての行動は成功に繋がりたいと願っている。

それならば準備が的確であること!

これに尽きる。

ほんの少し考えるだけで、どう考えてもそうだとわかる。


いやあ、準備なんて面倒くさいことは嫌だと思う人は「たまたまうまくいく」ことに賭けるのだろう。

そうやって運良くいくこともなくはない。

最たるものが宝くじ。一応買うという行為はするが、それ以上の努力も準備も要らず巨大な対価が得られる。

しかし泡銭とはよく言ったもので、こんなことを経験すると、その後準備をすることがバカバカしくなり、基本うまくいかなくなる可能性が物凄く上がる。


やはり的確な準備しかない。

というかそう理解できれば、その準備で自分の時間を埋めれば充実した幸せに辿り着けることが、容易にわかるようになっている。

posted by take at 11:10| 活動報告

2023年11月19日

ふたつの生き方


もしかしたら以前より情熱を失っているんじゃないかな?

そう思わされる人がいる。

自分が進化するために躍起になっていた、考えてみたらそのように見えていた人だが、最近は携わっている時間が物理的に短くなっているように見える、みたいな。

そんな人は、他のことにせっせと時間を使っているようにも見える。

少しやったら頻繁におしゃべりをしにいったり、気がつくとゲームの画面ばかり見ていたり。通り一遍のルーティンをこなしたら、そこからは他のこと。

もちろん自分がある程度までたどり着いたスキルを使い、ひとつひとつこなしていく職人のような生き方も、他人がとやかく言うことではない。

でもそんな職人でも、少しでも自分の技能が新しく進化するようにあれこれ研究することをやめない人も多い。

まさしくそんなイチローと、変わってしまったように見える人、大きな分岐点にて、それぞれ袂を分ったようだ。

posted by take at 09:35| 活動報告

2023年11月18日

ぼく好きだね


50歳を迎えたイチローが「今でも野球を続ける理由は?」という質問に

「ぼく好きだね、野球。練習をする時にその日の限界を迎えるようにやる。そうしないとうまくならないし、強くもならない」

と言っている。

もちろん、その日の限界のくだりはとても説得力を感じるし興味があるが、ぼくがそれ以上に感じたのは、開口一番の「好きだね」という言葉。

単純に野球をすることそのものが好きだから続けるととれるが、実はその後の価値観と混ぜ合わせると、野球を通して自分が変わっていく、進化という成長をすることこそがやめられないともとれる。

少なくともぼくにはそう感じる。

続けることの本質は、いくつかのカテゴリーに分けられると思う。

残念なのは覚醒剤。身体の崩壊と共にやめられないという病の継続。

そして惰性と消費を伴うこと。刺激や娯楽性を求めてゲームを続けるみたいな。

そして自分の成長変化のために続けること。

それは野球でもトロンボーンでもツールは人それぞれだが、いついかなる時でも「今なお続ける理由は?」と問われた時、成長するのが好きだからですという意味を込めて

「ぼく好きだね」

と言えると素晴らしい。

身体は衰えてもそうありたい。

イチローのようにそれをやめない人というのは、人間の鏡のように輝いて見える。

posted by take at 09:01| 活動報告

2023年11月17日

的確イメージ先行型


必ず準備運動をしている。

それが的確であるためには、次(瞬間〜それなりに先)の行動に対して、明確なイメージを持つことが大事。

日常生活の行動は、まばたきから歩くことまで何も考えずに本能が自然にやっているように感じるが、必然行動であったとしても必ず体は準備と共に動いているはずだ。

たとえば歩くことひとつにしても、向かう方向、地面の状態、自分の位置、身体の状態などを瞬間に察知し、相応しい準備と共に進んでいるはず。

それがうまくいかないとき、平地でも足をひねったり、場合によっては転んでしまうのでしょう。


これは違う言い方をするとイメージが先行しているとも言える。

つまり的確イメージ先行型というのが、良いのだと思います。


ただどうでしょう、楽器を吹く時に、イメージ後手型になってないでしょうか?

posted by take at 08:45| 活動報告

2023年11月16日

一生準備


人間は、全ての行動において

「予備運動という準備」

を必ずしているのだと思います。

自覚がないことが大半だと思いますが、例えばまばたきひとつするのにもしているはずです。

そう考えると、人間の人生は次の行動の準備で埋め尽くされた時間とも言えます。

そしてこの準備が的確であることこそ、最も必要で重要なことなのだと思います。それを失敗すると起こした行動も失敗に繋がるし、的確だと怪我しないどころか、未来が全てうまくいくのでしょう。

そう考えても、少し先手。

この少しは本当にほんの少しの場合もあれば、それなりに少しということもあるのでしょう。

ひとつ言えるのは、若い頃は身体も思考も行動計画も、そんなに先まで意識しなくても大丈夫だが、それなりに年齢を重ねたなら、5年10年、少なからず1年くらいの単位で意識しないとならなくなる。

身体はそうやってケアもしなければならないし、ローンや退職金やと考えると、回すお金もおおきかったりするから。

いずれにせよ、先手が大切ですね。

後手に回っていいことはないし、この歳になってくると致命傷になりかねませんから。

posted by take at 17:55| 活動報告