2018年05月07日

ね考

2018050916300000.jpg

猫好きからは、よく「吉川さん飼いなよ」と勧められる。


たしかに可愛いとは思う。子猫なんかは最強にキュート。

気まぐれとはいえ、相手にしてくれないときばかりではなく、なついてくるときもあるのだろうから、運よく気持ちが合致したら、すんごい幸せを感じられることは想像できる。


しかし、何度

「僕は君を襲うつもりはないからね」

と、近所にたむろする一般市猫に満面の笑顔で優しく呟いても、凄くびびりながらシャシャシャーっと逃げていくわけで、まるでこちらが悪行積み重ねた極悪人のような気分になってしまうのです。

場合によっては、何十メートルも出前にいるあたりから、警戒マックスでこちらをうかがっている。


あのさー、何もしませんし、こちらはこちらでかなり気ー使っとるんですけど(`へ´)


かと思えば、かの有名人『風神雷神』の雷神様がですよ、あれだけニラミきかせてこわもてよろしく、地上の人間どもに、恐怖とは何かを見せつけるが如く中空に現れたとしてもです、


あの、猫じゃらしじゃないんですけどー


生み出した俵屋宗達も、模写した尾形光琳も酒井抱一も、こりゃ泣くわな。号泣ですわ。


つまり、怖がっているようでなーんも怖くないんでしょう、やつらは。考えてるようで、考えてないやつみたいな。


やっぱり一緒に暮らすのは難しそうだなー。

だって、実は僕の方が、一番怖く感じるタイプの性格なんですもん。


休日

posted by take at 17:10| 活動報告

2018年05月06日

大人な京急

2018050808350000.jpg

「飲酒車両どうでしょう?大人の京急さん」と、4月15日のこの場で投げ掛けたら


やりよるではないですか!ケーキュー!!ビール電車とな!! !


流石京急です。

僕の先見を受け取ったか?!時代がついてきたな!!と思ったら、このイベント既に三回目らしく、僕が時の流れにおいついてなかったらしい。

京急の生麦駅にキリンの横浜工場があることや、過去に「キリン駅」という名称の駅まで設置したなど、タイアップの理由もバッチリ。

京急川崎から小島新田駅を2往復、昼夜二本運行。一般募集人数は、昼40人、夜80人、5月14日10時からの先着順申し込みらしい。


車内企画として

一番搾り飲み放題、京急ストア特製一番搾りにあうオリジナル弁当、三崎くろば亭特製まぐろをつかったオリジナルおつまみ他


これは申し込まない手はないが、なかなかに狭き門。勝ち取れたらまた我が人生のキャリアに箔が付く。頑張らねば。


しかし、これだから京急は好きですね。オリジナルユーモアに溢れてて、遊び心が見え隠れせず、見え見えだったりする。

たとえば、定期券購入キャンペーンの広告。

2018050808230000.jpg

2018050808230001.jpg

星一徹もびっくりな上意下達である。

ちなみに、隅にいる女性は「始めなきゃ」、犬は「ワンダホー」と呟いています。

えんやろか?これで。


遠足
いーんです!!!!!

posted by take at 09:23| 活動報告

2018年05月05日

手ロンボーン

2018050510350000.jpg


フレミングの左手の法則では、親指が電磁力の向き、人差し指が磁力線の向き、中指が電流の向きである。


……どしたんな、吉川君


そらたまには、あかでみくなことかかなかんやろ。東京電気代額のOBの方々との付き合いも長いし。


今家人が書いている何枚かの絵の中に、トロンボーンを持つ僕のものがある。

部分部分で書いているのですが、手だけをピックアップしたような工程を見たとき


そーそー、これこれ


と見事に、トロンボーンを持つ左手、そしてスライドを支える右手の型に、普段はうたない相づちをうったのです。

楽器も描かれていたら、このことは感じなかっただろう。


世界中のトロンボーン吹きは、毎日のようにこの左手の形をやっている。

この40年、述べで一体どのくらいの時間やってきたのだろう。

それこそ、トロンボーンをやらない人なら、フレミングを学校で習ったとき、また居酒屋で誰かがフレミングをやり「それ違うよ!」と、正しいのをやろうとしたとき以外やったことないだろう。


考察するに、私たちトロンボーン吹きは、左手の親指と人差し指を直角に広げる筋肉は、一般人より柔軟になっているだろう。更に人差し指と中指も。

そして、人差し指、薬指、小指三兄弟だけで、かなりの重さを巻き付けるように持ち続ける筋力も、一般人よりはるかに優れている。

これらの個性的な能力を身に付けられるだけでも、トロンボーンをやる価値ははかりしれないほど計り知れない。


浮かび上がる手のシルエットは、私たちトロンボーン奏者に「そうそう、これよ、これ」と思わせるものである。


あまりに毎日やっている形であり、これと共に生きていることが、トロンボーン奏者としての証として、私たちに誇らしさを宿らせている


か?


N響磐田公演

posted by take at 10:58| 活動報告

2018年05月04日

おしながき

2018050412280000.jpg

軽井沢へ向かう新幹線の中で、『老舗の味〈東京弁当〉』なるものを楽しむ。

最近のいい弁当には、おしながきが入ってるんですよね。この東京弁当には他に、古い東京駅舎のイラストの絵はがきと、「こだわりのお米 有機認証米」の証明書まで入ってる。サービス満点ですね。


で、おかずのラインナップが丁寧に書かれたおしながきですが、いつも食べる前にざっと眺めたり、食べ終わって眺めたり。より興味があるときは、いくつかだけ、つまんだおかずがどれか探して読んでみたりするのですが、いつもなんかもったいない気がしてたんです。

せっかく丁寧に説明してくれてるおしながきを、読みきらないまま食べちゃって終了してんな、利用しきれてないな、用意してくれてんのに食い散らかして申し訳ないな、みたいな。


この感覚、ヘンでしょうか?


でですね、このちょっとした残念感を払拭する、い〜い食べ方を思いついたわけなんです。

今日の東京弁当、こんな感じでした。


〜おしながき〜
(右から順番に)

今半の牛肉たけのこ
魚久のキングサーモン粕漬け
青木の玉子焼
日本橋大増の野菜のうま煮〈里芋、こんにゃく、化粧人参、筍合せ、金平牛蒡、末広南瓜、はす、化粧牛蒡、絹さや〉
きのこの和え物菊花添え
蓮根のはさみ揚げ
和菓子
ご飯
かりかり梅
しば漬け


これをですね、デザートの和菓子は除いて、右から順番に一口づつ食べていったわけです、ご飯を挟みながら。するとおしながきの方からいちいち探す手間は無いし、チェックしそびれもない。

そして一巡食べて、きちんとおしながきの情報も網羅しきったら、残りは好きなように勝手に食べる。最後はデザートみたいな。


どうです。素晴らしいアイデアだと思いません?

え?!そもそもそこが残念じゃない?

ヘンなのかなー。

僕みたいな人、いませんかー????


N響軽井沢公演

posted by take at 19:07| 活動報告

2018年05月03日

AIと生演奏家


今人間がやっている仕事の何割かは、いずれAIがやるようになる。つまりとって変わられるということは、まことしやかに語られています。

冗談ではなく、近い将来、本当にそうなるのだと思います。今から就職する人は、そういう観点でも仕事の内容を見つめないと、へたすりゃ10年も働けないかもしれません。


失業率が上がることは、人間社会における最も大きな問題であり、最悪のことだと思います。格差が広がり、犯罪者が増え、やがて戦争に繋がるから。


今人間がしている仕事をAIがやるようになる。クォリティ高く、安全であり、安価に幅広く提供できるなら、それでも「人間がやった方がよい」とは、どう抵抗してもならないだろう。それがまた人間の選ぶこと。

そしていずれ、人間が本当に働かなくても生きていける世界になるのか。

「働かざる者、食うべからずべからず」

いや、全ての人がそうなるとすれば、それはまだまだかなり先の話だろう。

そもそも働くことを放棄するかどうかはわからないし、その頃は今では考えられないような内容の仕事を生み出していたり、働くことを失っても満たされるような生き甲斐、成長と成果が感じられることを、人間は手にしているかもしれない。


夢のような話はまるで想像もつかないので、現実的に。

いずれ、AIのみがやる仕事、人間とAIがバランスをとりながらやる仕事、AIも関与はするがほぼほぼ人間がやる仕事と、はっきりとすみわけができるのではないかと思います。

そんな時、演奏という仕事は、AIが介入する余地が極めて少ない、やはり人間にしかできないものものの代表になっているのだと思います。

現在の演奏業は、数少ない選ばれた人しか対価が得られない、いわゆる狭き門になっているが、「人間にしかできない職業」こそが人気になり、やりたがる人が更に増え、「AIらしくないこと」として、身近で生の演奏こそを欲する社会になれば


『生演奏家』


の需要、供給こそが増えるかもしれない。

「一億総演奏したがり時代」がくれば、音楽大学は人気極まりない場所になっている可能性も。その頃は一億はきっているだろうが。


音楽は、人間が快楽のために作り出しているもの。しかもこれは、何かの代わりに失うことなどできないほど、血となり肉となり遺伝子となり人間を洗脳している。

聞くだけでは物足りなく、やりたいという人で溢れたとしたら、やはりいろんなタイプの人がクオリティ高く、自由に楽器を操れるようになるシステムこそを、作り上げる必要性を感じてしまう。

それが僕の残りの人生に課せられているとすら思います。


残りはハートと人間性の問題、それが演奏の個性、という世界


そんな人類総演奏家、いずれAIと共存しながら心も満たされる時代がくる気がしてなりません。


N響上野公演

posted by take at 12:43| 活動報告