2017年06月11日

さみしくない音程


音程が不安定な生徒に対してのアプローチ。

スケールにきちんと取り組むようにとか、チューナーを使って確認するようにとか、もっと自覚してとか。かつては、ピアノでコードを弾きながら生徒がスケールを吹くレッスンをしたりもしていた。

全て生徒に「気づいてチョイスするように」という気持ちがこもっているが、今日のレッスン中にふと


「彼自身が、自分の音程に対して色合いを要求しなければ、いくらスケールやチューナーたちと取り組んでも変わらないのではないか。それなら曲の表現に対するアプローチの方が、音程の改善に繋がるのでは?」


と思った。


たとえば料理教室。美味しいものを作りたい、それを食べさせたり食べたりしたいという気持ちがあまり無い状態、料理が出来ないので出来るようになりたいという気持ちだけなら、ノウハウをゆっくり知っていっても、本当に美味しいものを作れるようにはならないだろう。ましてや人に「行ってきなさい」と言われてなら余計。


音程教室なるものがあり、なんだか音程悪いみたいなので良くなりたい、という気持ちだけで行ってもだめな気がする。先生が「君は音程が良くないから、教室に行って習ってきなさい」と言ったとして、そこにチューナーはじめ素晴らしいノウハウが数あったり、音程改善強化合宿みたいなのがあったとしても、その音程を使って感情の色合い豊かな表現をしたい欲求自体が本人になければ、本物の音程にはならない気がする。


音程の存在理由とは、感情の色合いを表現すること。


料理を、まずくなく食べれれば良いのだという取り組みと同じように音程と向き合ったなら、それはあまりにさみしく感じてしまう。

人の心は、さみしくない音程こそを聞きたいのだ。


レッスン

posted by take at 18:57| 活動報告

2017年06月10日

遺伝子を吹く風


Facebook知り合いの投稿。

彼のお父上が85歳になった、元気にお酒を四合飲んでいると。いろんなお祝いコメントの最後にFacebookの主が

「昭和一桁ってのは、大した世代だよね」

と締め括っている。


そっか、あの人の親父さん昭和一桁かあ。うちの親父も昭和六年。その世代が85になってるんだ。

うちの親父はもう逝ってから随分経つなあ。72で逝ってもう14年だ。生きてたら86。この親父さんとほとんど同世代。

葬儀の時「72は早すぎる」と口々に言われた。実感があるようなないようなだったが、実際14年は随分長い時間が経ったと感じられ、同じ世代の方がまだまだお元気で四合も飲むのなら、本当に早かったんだなあ。

ただ、いくつまで生きたら納得するのかなんてのは人次第だし、男の平均である80までたどり着いたらまずは早くないのかもしれないが……

いろいろ考えが巡る。

数字としての年も考えるが年をとってからの時間、やはり何をして、何を目指して、どう充実して、どう実感して、どうすれば満足で、どうだったら冴えないのか。


親父はどうだったんだろうか?逝く時ある程度満足だったのだろうか、それとも無念だったのだろうか……

息子の自分とは随分違うムードの人生を送った印象だが、あの顔つきや言葉の数々は、親父なりに幸せだったのだろうか。周りは困ったりもしてたが、僕の知らない幸福もいっぱいあっただろうし。


気持ちよい昼下がりの風が、僕に遺伝子の旅させている。今までにはなかった思い。好きだったり嫌いだったりした父親が一人の人として見えて、過ぎた時間への願いもわいたりしている。


休日

posted by take at 18:26| 活動報告

2017年06月09日

オペラシティにて


ふと思うことには必ず伏線があるのだろう。時間をかけてコップに溜まった水が溢れ落ちる瞬間なのかもしれない。たとえそれが、それまでと違う向きを向いている思いだったとしても。



僕は、仕事しぃではなくて音楽家を育てるべきなのだろう。

プレイヤー希望者が飽和状態で、更に即戦力が求められるため、査定が厳しくなっているのは日本だけでなく、ヨーロッパやアメリカでも同じようだ。演奏家として身をたてたい、トロンボーンを職業にしたい、プロの演奏家になりたい。ならば仕事ができる人=オーディションに通る人=不備の無い本当に上手い人にならなければならない。

自分がそうだった。だから没頭し努力し邁進した。

実現した自分が教える立場になり、その希望を持つ人に対して現場で必要なことがわかるので、それを伝え要求しようとする。

「仕事ができるためには、これができなくてはならない。そして、そのメンタリティではなくもっと求め自分に厳しく……

しかし、僕はふと思ってしまった。

演奏家になるかどうかは、その人の運命であり、少なくとも僕が希望することではない。仕事ができるようになるため=魅力的な演奏ができるために伝えることはもちろん伝えるが、それ以上に必要なことは、若者たちが、彼らの喜びでもって音楽の素晴らしさを表現すること。とにかく心を浸して演奏で歌うことではないだろうか。


きっと音楽業界から離れている人であればあるほど、当たり前に聞こえ「何を今さら言ってるんだ」だろう。

しかし即戦力を求めてしまうのは、我々の分野だけでなく全ての業種に渡っているようなので、現代人が陥っている、生産第一主義がもたらす本来の幸せを見失う種になってしまっているようなことだから、理解してもらえる雰囲気もあるに違いない。

音楽は商品にもなりうるが、本来は心を潤す表現でしかない。

なんだか技術者のような奏者を育てる雰囲気を作っていやしまいかと、冷や汗のような焦りと共に猛省してしまいそうだ。

音楽の場面に必要なのは、表現者たること。技術者として長けるかどうかは、本人の生き方次第。


いろんな意見があるだろう。しかしふと


仕事しぃではなく、音楽家を育てなければならないと、思ってしまった。


N響本番

posted by take at 11:41| 活動報告

2017年06月08日

更に未来の話


昨日、数十年後にはミュートが無くなってしまうという妄想話を書いた。

書きそびれたのだが「じゃあ、ミュート落とす音ももう聞けないんですね」というマニアックな意見も出たので、そういう人用にストレート、カップ、ハーマン、バケット、プランジャーの他に「落下」というスイッチもあると話し、安心(?)してもらう。


♪カランカランカラン!


時は更に10年ほど未来へ。この辺りになると、もう特殊奏法祭りは当たり前で、音色もいろいろ変えてしまうプレーヤーも出てくる。トロンボーン界のいっこく堂のような超器用な才人。

そんな人、ミュートの音ももうフツーに出せちゃう。機械いらず。ストレート、カップ、ハーマン、バケット、プランジャーも、口で出しちゃう。


「昔って、オープンの音しか出せない人ばっかりだったんだってよ」

「え〜〜マジ〜〜ダッセー!」


多分もうダッセーとは言ってないでしょうが。


ついに来年からは、東京藝大の入試でも出ることになるらしい。一通り普通に音階吹いた後


教授「では次にH-durを、上向をストレートで、下向をハーマンの音色でお願いします」


「なんかその昔は機械付けて電波で音変えてたらしいし、もっと前はベルの中になんか金属のスライムみたいなのを何種類も入れてたらしいよ」

「スライムってドラクエ38に出てくるやつ?」

「スライムはドラクエ1から出てきてるはずよ!なんか最初のドラクエってチョー簡単で、今の3才までの子供用ゲームのレベルだったみたい。てか、そのスライムを何種類か入れてて、ベルヘコませるらしいんだけど、それを〜ブログ?」

「あー、昔はそんな日記みたいなのあったみたいだね」

「そー、そのブログってのに書いてるプレーヤーがいて、なんか残念だって」

「なんで?」

「なんか当時の楽器って形状記憶じゃなくて、一回ヘコんだら修理に出さないと戻らなかったらしいよ」

「マジか!大変な時代だなー」


多分もうマジか!とは言ってないでしょうが。


N響練習

posted by take at 17:04| 活動報告

2017年06月07日

タケミツトロンボーン


今現代音楽中である。

こう書くと同業オケマン、特にトロンボーン吹きは日常の気分、疲れまで、様々な状況を理解してくれるだろう。

実際昨日のジバングでも、

「今オペラ、今日は歌手立ち稽古」
「物は?」
「ボエーム」

で、ほぼ喜びと問題が理解できる。

「いいじゃないですか。今度神々(ワーグナー)ですよ」

で同情のターゲット移動。ちなみにこのワーグナーの人は、今ショスタコの12番ということで「誠にご苦労様」である。

彼の首と背中の疲労までわかってしまう。


で、今現代音楽中なわけで、ミュートミュートな日々なのだが、最近残念なことに、このせいでベルを細かくヘコますことが凄く増えてしまった。

若い頃は、ミュートワークも丁寧だったのかここまでヘコむことはなかった。年ってやーね。

今回は武満さんは入ってないのだが、もし仲間が「今武満やってんだよね」と言うと、「ベル大丈夫?」と思ってしまう。



本日の、セクション(トロンボーン3+チューバ1)での昼食中、「作曲家たちは数十年後のオーケストラの定期で取り上げられること信じて、現代ではなかなか再演されない現実の曲を産み出してるのだろうか?」なんて話になった。


で、ふと……

たけ「数十年後はね、トロンボーンも劇的に進化してて、実は『タケミツトロンボーン』ってのができてんのよ。普通のトロンボーンなんだけど、手元に“ストレート”“カップ”“ハーマン”なんてボタンがあってね、押すとそのミュートの音しちゃうワケ。もう出し入れどころか、ミュートそのものが存在しないわけよ。もちろん押さなきゃオープンの音でんのよ」

池田「それいいすね!」

たけ「ミュート業者の猛反対くらいそうな話だが、〇〇(技術者)に、君の生涯をかけて開発したらって依頼しようかな?」

黒金「〇〇さんは、オープンの音にしか興味なさそうですね。やっぱY社じゃないすか?」

たけ「サイレン〇ミュート苦労して作った会社に、ミュートじゃないの作れってか?」

黒金「凄い軽量の装着式で、スイッチで各種ミュートからオープンまで出るとか」

みんな「そっちの方が現実的かもね」


この後、電波式でミュートの音にするとか、ベルにかける布みたいなやつでスイッチでミュートの音になるとか、結構盛り上がりました。


全員が頷いたのは

「この商品できたら、オーケストラステージスタッフ絶賛ってコピーになるんだろうなあ」

重い思いして運んでくれてるの、彼らっすから。


N響練習

posted by take at 20:14| 活動報告