2019年11月27日

あなたはあなたで、是非勝手にやってくれ


個性の尊重、成長、表現を望むなら、周りの多数と違う趣向、価値観に対する自己否定はほどほどにし、自分の誇らしさとも言える我が価値観や能力を自覚していることは必須なのだと理解すべきだ。

口に出すとハウリングが起こりがちな日本は、個性の重要性を理解しながらも、同時に同じ常識や良識、能力の方を強く要求してくる社会。

それなら言葉にせずとも、心の中でしっかりと持っているだけでもいい。

良くないのは、無意味に自分の良さを認めず、謙遜癖から、どんどん自己評価を下げること。

とにかく心の中で、自分が良いと思う部分は迷わず強く自信を持っていれば良い。表現さえうまくできれば、まるで悪いことではないことを知りたい。

他人に対しても、自分と違う部分を認め、なんなら称える余裕を持ちたい。

とにかく、全員同じって有り得ないのに共に暮らす故に否定が始まるのがコミュニティの現実だと理解し、乱暴に聞こえるかもしれないが


「あなたはあなたで、是非勝手にやってくれ」


という気持ちで接することが、大事だと思う。誰しも、自分含め周りが病むことは望まないのだから。


川越へ

posted by take at 12:25| 活動報告

2019年11月26日

変わりたい、変わりたくない


人間性・性格・人格というのは、ときが経っても変わらないというのが定説だ。

本当にそうだなあと、最近強く思う。

同時に人は、長く生きたり様々な経験をすることで、変わっていく部分は必ずある。身体以外の話。


価値観なんかは、変わるものの代表格かもしれない。年月と共に、大事なもの、大事なことの優先順位が変わったり、なんならそれまで考えもしなかったことを最も大切だと思い始めたりもする。


年齢を重ね良くない人格として評価される人を振り返り、若い頃から酷かったと揶揄されるパターンはある。麻薬に手を染め残念なことになっている人たちも「やっぱりね、あーだったもの」と言われたりしている。

同時に学生の頃、若い頃は酷いやつだったのに、今はいい人と言われるパターンも。


何が違うのか?


おそらく本人の「変わりたい気持ちの有無とその強さ」なのだと想う。


僕の三次元的イメージとしては、身体のセンター、中心を貫く柱のような部分が人間性・性格・人格という変わらない領域で、その周りの脂肪や筋肉、皮膚辺りが変わり代の部分かと。変わった見つめかたですが……

内側が望めば、外側含め全体が変わっていき良き成熟を辿るが、面倒臭いや、プライドの高さからの反省下手、自己否定のできなさにより、変化を望まなければ外側も変わらず、ときの流れに相応しい社会が要求する評価としては、残念なものになっていく。

身体がヘタっていくのと同じように、時間の長さにそぐわない変化無き人間的表現は、若い頃より質が堕ち朽ちていってるようにうつる。


フォローする意見はある。あの人はある意味不遇、周りが酷かった、叱ってくれる人がいなかった、ちやほやされた、心打ち明ける人がいなかった、酷い人間が寄ってくる、金が…等々


しかし、常に変化のスターターは自分でしかない。

叱ってくれているのに拒絶し、叱ってもらえなくなる要因を作っているのは自分だ。

打ち解けるのは相手からと考えることは、実は非難されるべき不遜だ。

その考えに至ってしまう根は、変わりたい気持ちの有無とその強さに尽きる。


人間は誰しもが未熟からスタートし、ゆっくり時間をかけて良き人間へと変化していくしか道はないのだから、変わりたい=自己批判は付き物になる。

そりゃその度に勇気はいる。「今のままでいいよ」と言われた方が楽だ。

しかし「今の自分じゃ嫌だ」と思うのも、自分でしかない。


川越へ

posted by take at 10:45| 活動報告

2019年11月25日

ミー(ムーミンに出演)の声でお読みください


ねー、そこのあなた、聞きなさいよ。

音符の世界には貴賤は無いのよね。あ、わたし16分音符だけど。そんなこと言っても結構ぞんざいに扱われてるわよ。


リムスキーコルサコフじーさんの熊蜂の飛行に、友達たくさん出てるわ。みんな音程もちゃんと表明してるし、平等に立ち上がりやなんなら音色まで彩って欲しいって、みんなの愚痴いつも聞いて、もう大変だわよ。

普段は正体不明に扱われることも多いらしいけど、こないだはフルートの人かな、全員を物凄く大切に扱ってくれて、もういい音ではっきりくっきり、すみからすみまでてーねーにやってくれたみたい。あまりに全員が目立つようにやってくれたから、なんか逆に恥ずかしかったって。それが凄いイケメンで、なんかみんなで取り合いになるかもしれない不穏な空気になったらしいんだけど、ジェントルよねぇ、全員をちゃあんと表に立たせて、とにかくみんなして嬉しかったって言ってたわよ。


え?わたし??わたしはまあ、とある曲の付点の中のいち16分だけど、それなりにテンポ速い設定のチームだしね、まあ大抵は適当にやりすごされますっ!

そりゃ仲良しのお隣の付点8分ちゃんとの扱われ方、想われ方の差には、もう慣れっこっちゃあ慣れっこだけど。大抵は発音も音程も音色も、なんの表情もなし。出てたらマルみたいな。

わたしだって、ちゃんと意味のある音程だし、相応しい発音で、い〜い音色でやってくれたら、チーム全体メッチャいい音楽になるのよ。

中にはわたしが付点8分ちゃんと同じように聞こえるように意識してくれる人いるけど、でも強い舌でバチバチ!やるだけで、こんなに美人のわたしがきったなくなることもあるのよね。

とにかくねっ!!(怒)一番不幸な16分は忘れられた16分なの!!!鳴ってりゃいいってんじゃないのよっ。スルーしてんじゃないわよ。

ああ、早くわたしこそを凄く大事にしてくれる白馬に乗った王子様現れないかなあ。

想われたら想われただけ美しく輝く、それがわたしたち16分!わかってるっ?!


大塚へ

posted by take at 18:33| 活動報告

2019年11月24日

音符の貴賤


貴賤という言葉が出たので、ひとつ。


「楽譜上の音音符たちは、表現内容上は不平等で、殿様や重臣がいれば足軽や平民もいるが、演奏家が価値を感じる上では、その重要さは全て平等に想うべきであり、貴賤は無い」


レッスン、ブロカート

posted by take at 17:23| 活動報告

2019年11月23日

誰もがのけ反り頭を垂れる


とある国の歴史ドラマでの台詞。


「貴賤は人ではなく人格にある」


立場やお金、年齢ではなく、人格の内容にこそ人としての貴さ、賤しさがある。尊さであり卑しさが。


レッスン、N響定期

posted by take at 13:29| 活動報告