2017年04月15日

忘れてしまう音


今日の定期、生徒が聞きに来ていました。

「演奏会聞いた後って、楽器吹きたくなるんですよね」

演奏が良ければ良いほど、生徒たちはこの言葉を発します。ただのリスナーとしてでなく演奏を学ぶ立場として、感じたことを早く実践したい、自然とそういう欲求がわくようだ。


「印象や気づいたこと、考えたことを忘れないうちに、練習したくなるんです」


そうなんだよね。僕もかつてそうだった。

上野の石橋メモリアルホールで聞いた数々の素晴らしい演奏、聞きながら受けた「美」を直ぐにトライすれば自分もそう吹けるんじゃないか、演奏法として気づいたことも直ぐに試してみたい、何より音により興奮と喜びを得たので、自分もとにかく音を出したい。

しかしコンサート終わりは9時でそれからは吹けない。ので、翌日早朝に大学へ、となる。

自分もそうだったから、生徒の気持ちは本当によくわかる。


そう、「忘れないうちに」というのは、やっぱり忘れてしまうからなんですよね。

演奏の印象は、それがどんなに素晴らしく、どんなに刺激的でも、時間が経つとどうしても忘れてしまう。

日曜日のモーツァルトも、翌日はディテールを凄く覚えており反芻したりしていたが、一日一日とやはり忘れていっている。


逆から見つめると、印象をもち試すということは、貴重な機会でありながら、自らの時間には頻繁には訪れない。というか、聞くことをかまけると、変化のない自分の内側とだけ過ごしてしまう。


学ぶ者は特に、オーケストラでも室内楽でもソロでも、金管でも木管でも弦楽器でも歌でもピアノでも、できうる限り素晴らしい演奏会を選び、定期的に聞きに足を運ぶべきだろう。


自分の演奏こそを魅力的にしたいなら、本当に必要な時間は、理想と刺激がリアルな時間だ。

そんなことを忘れてしまっている時間が、なんだか長くなってしまわないように。


N響定期

posted by take at 21:07| 活動報告

2017年04月14日

熊本へ


あまりに被害の大きい震災から一年。

被災者の方々の、一日も早い平穏な日常を願い祈ります。

僕は東北への気持ちにかまけてしまい、熊本のことは関心が弱くなってしまっている。日本人として、本来日本の災害、その全てを被害の大きさでは語れきれない。もてる時に持てる関心をもち、心をつかいたい。

まず何があったのかは把握していたい。


午後9時26分マグニチュード6.5、翌午前1時25分マグニチュード7.3。全半壊4万2000棟。現在も約4万8000人の方々が仮設等での避難生活を。


N響定期練習

posted by take at 21:15| 活動報告

2017年04月13日

ゴジラ現る@恵比寿

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恵比寿をぼ〜っと散歩していたら突然ゴジラに遭遇、踏み潰されるところでした。ちゃんと周りを見ながら歩かないと危ないね。

ガオーッ!


シュタイフは皆さんご存知、歴史と伝統あるドイツのぬいぐるみメーカー。世界中で人気の品質。値段もなかなかの本物志向。

テディベアだけでなくあらゆる動物のぬいぐるみを作っているのは知っていたが、最近は哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類、魚類以外も作るのね。

ゴジラの横には、トトロもスヌーピーも。ラインナップには、ミッキーマウスやピカチュウ、ニモやクマモンもあり、結構多方面とコラボっている。

高いステータスを感じるシュタイフも、時代の流れと共に変わってきてるんでしょう。ウルトラマンをかぶったテディベアまで作ってます。

で、さすがシュタイフ。ゴジラもかなりな値段がついてます。消費税込みだと五ジラ万円超え。安っぽさの欠片もない、高品質な本物のぬいぐるみ。

『1954年(昭和29年)、日本で初めてゴジラが誕生しました。今もなお、多くの人に愛されるゴジラは、2014年に誕生60周年を迎えました。ゴジラ誕生60周年を記念して、東宝とシュタイフの夢のコラボレーションが実現!ゴジラがシュタイフのぬいぐるみになりました。
初代「ゴジラ」が公開された1954年11月3日にちなみ、日本限定1954体。シュタイフ社のこだわりのものづくりが詰まったゴジラを、ぜひお手元に!!

日本限定1954体
商品番号:677762
サイズ:全長50cm
素材:モヘア
ジョイントなし』


いろんなぬいぐるみを持っていても、中にひとつシュタイフあれば、それは世代を越えた宝物になります。

我らがゴジラも、名誉ある選出。シュタイフがスポンサーに名を連ねた次回作は『ゴジラ対クマモン』かも。恵比寿ビールのんでほっぺた赤くなったクマモン相手に、のれんに腕押し状態のゴジラの奮闘を描きます。


春の陽気とビールとゴジラ。気持ち良い散歩です。


N響定期練習

posted by take at 18:07| 活動報告

2017年04月12日

ダンスダンスざんす


今回モーツァルトを指揮するのが物凄く楽しかったのは何故だろう?

と考えてみたら、いつも以上にダンス、踊りになってたからじゃないかと思いました。

音楽のノリ、運び方をダンスにした。

速いところはもちろん、ゆっくりなところも。

ということは、トロンボーンを吹くにしても指揮をするにしても、踊れるようなビートで彩った方がいいのか……

踊れないような演奏は窮屈なのか……


♪♪踊るぁボーンに見るぁ棒♪♪同じぁ音なら踊らにゃソングソング♪♪


N響定期練習。川越へ

posted by take at 19:25| 活動報告

2017年04月11日

音楽的メトロノーム


私たちは、身体の中に

『音楽的メトロノーム』

をもってなくてはならない。

これはメトロノームと言っておきながら、必ずインテンポで刻むとはかぎらないもの。

もちろんインテンポでも刻むのだが、時には緩やかに速くなっていったり緩やかに遅くなっていったり。急激に速くなっていったり遅くなることも。ある瞬間だけためるように時間をかけ、次の刻みが遅くくることもあるだろう。


このメトロノームがやらないこととは、例えば四拍刻むとして、二拍目が早く来たのに三拍目は遅くなり、更に四拍目は異様に早いみたいな。また常に微妙にインテンポと違うタイミングで刻むとか。

つまり不自然イレギュラーなタイミングでは刻まない。


なぜならそれは「聞き手が望まないタイミング」だから。

逆に言うと「聞き手が望むタイミング」というのは純然とある。

そんなタイミングの中でも、

「聞き手が心から感動するくらい絶妙なタイミング」

があり、それを刻むものもある。それは音楽的メトロノームの中でも極上、最上であり、それを搭載している人間を人々は名演奏家と呼ぶ。


ビートを刻むのは指揮者だけではない。器楽奏者も、このメトロノームを身体のどこかでコツコツ鳴らしながら、それに乗っかって演奏というタイミングを紡いでいかなくてはならない。このメトロノームにこそ乗っかって歌わなければならないのだ。


しかし吹き始めたり歌い始めると、このメトロノーム無しに演奏してしまう人は何気に多い。

ただなめらかに繋げれば歌っている気になり、音の移り変わるタイミングよりニュアンスの方を優先してしまう。

しかし、指揮者が上手くいかない時と同じで、どのタイミングで音が変わるかというのは物凄く大事。ある意味一番大事と言っても過言ではないかもしれない。

会話や漫才は、その内容(曲)はもちろん大事だが、発せられる間やスピード次第(音のタイミング次第)で、素晴らしくなるしぶち壊しにもなる。それと同じ。

人が喜ぶタイミングあれば、なんかもやもやしてしまう結果もある。もっと酷ければ、本人は心を込めて最大限の表現をしていても、聞き手がイライラしてしまう場合さえある。

「そ、そこじゃないだろっ!!」


音楽的メトロノームをもち、その確信あるビートと共に、早くもなく遅くもない

「絶対そこ!」

というタイミングで吹かなければならない。

それが出来るか否かで「そこそこよく吹く人」と、オーディションやコンクール、そして何より演奏会の客席から


「望まれる演奏家」


に分かれていく。


川越へ

posted by take at 19:20| 活動報告