2019年01月31日

必要な心のバランス


今年度最後のソロリサイタルズでした。

講評で、実はとても厳しい切り口の投げ掛けをしたのですが、それは楽聖たちのパフォーマンスの質が高かったからこそ。彼らなりに伸びているし、とてもよく準備もできている。だからこそそこから先、不自然にうつらないために必要なことは、それしかないのだと思いました。


大事なのは…

周りの人の幸せを無理やりではなく心から願える気持ちと、自分こそが幸せでありたいという気持ちのバランスです。


高学歴だったり仕事ができ偉い立場にあっても、非人道的な言動で糾弾されるパターンがある。コメンテーターが「なんででしょう?立派な経歴なんですがね」なんて言ってたりするが、これもこのバランスが極めて悪いのが根源。


相手の立場で言動が真逆になったり、なんだかやってることがとんちんかんになってしまうのも、これが原因。


つまり、心根が周りの幸せに対し無関心で、でも社会の中では必要だとは理解し、無理やり気を使おうとしたりするから不自然になる。


ステージに立ちパフォーマンスをする演奏家も同じ。聴衆の幸せを意識、ピアニストの幸せを意識する気持ちがあれば、自然とやるべき音動(言動のようなもの)は醸し出てくるはず。

逆に、それが薄いことにより聴き手から、ピアニストからの目線が意識できず、自分にこもってしまうことになる。


自分の幸せを置いておいてまで周りの、というのはこれまた違う。

つまり、絶妙にフィフティーフィフティーであることが、最高のバランスで、それが人の徳にとって最も必要なことだと思う。


重ねて、楽聖たちは皆素晴らしかったから、遂にこう投げる結果になったのです。


大塚へ

posted by take at 21:43| 活動報告

2019年01月30日

お詫びッサンド


徳島あわぎんホールでのコンサートは、先週アウトリーチに行ったよっつの学校の子供たちに聞いてもらうもの。アウトリーチとホールコンサート両方を体験するものです。


ステージに出ていくと、最前列にあの

「ねぇ、あそこに何があるの?」

の女の子が座っています。


ううっ、。申し訳なさ復活。


チラ見すると、心なしか怪訝そうな表情で聞いているように見える。(意識過剰)

たしかにあそこに何かあったのに、あったのにおじちゃんは何もないって、見もしないで……


あああああっ!なんという罪深さ(涙&汗)


で、アウトリーチのときはオープニングだったシャウティンライザが今回はプログラム後半にあり


罪滅ぼしはこのタイミングしかないっ!!


と、ガッツリ客席に降りて、彼女の顔にベルを近づけて、デッカイ音出ると見せかけてからのピアニシモグリッサンド大盛りで、大いに楽しんでもらう。


それで勘弁してもらえんやろか……


N響池袋本番

posted by take at 15:23| 活動報告

2019年01月29日

選べ 捨てろ


「いろいろいいと思ってしまうのは、どうすればいいんですか?あれもこれもいいと」

生徒からの言葉。


何かを選ぶということは、必ず何かを捨てるということ。選べてないということは、捨てられてないということ。

あれもこれもの中でも、他を捨ててひとつ選べとなったら、必ず選ぶことはできるはずだし、それが、諦めて捨てることを選ぶということ。

それができてないということは、結論を言えば


自分を選べていない


ということだ。



自分を選べないというのは不幸なことだ。自分の趣向や性分なんて、他人はおろか自分ですら変えること、曲げることはできないのだから。

ある人は「自分の心は自分の思う通りにならない」とすら言った。

だから、その曲げられない自分の趣向や性分を選んで、他を捨てて、一心不乱に突き抜けていこうとするしか幸せになる方法はない。

「あれもこれも嫌いじゃない」と思うのはいい。ひとつだけ選んで後を捨てるというのは、嫌いになるというのとは違う。自分が本気で目指しはしないということ。

ただ、あれもこれもいいというのは、心のどこかがあれもこれも欲しがっているということだ。

すると不思議なくらい、何一つ手に入らなかったりする。


自分こそが、選ぶことを選ばないといけない。

つまり捨てることを選ばなければならない。


趣向の自立、性分の自立を選んで真の大人にならいかぎり、子供の世界を覆う不安感からは抜けられない。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 20:16| 活動報告

2019年01月28日

バスの可能性


徳島空港で荷物が出てくるのを待つ。

着いた飛行機と連動しているリムジンバスの案内が、空港内に流れる。

トロンボーン吹きは、思慮浅く隣のチューバ吹きに話しかける。


吉川「今、理不尽バスって言ってなかった(たのむぜ池田)」

池田「……(返しにくっ)そ、それってどんなバスですか?」

吉「示してる行き先へ行かないのよ」

池「理不尽ですねぇ〜〜(めんどくさいけど、このドヤ顔はかなり気に入ってるな)」

吉「で、なぜだと説明を求めても……しないのよぉ、説明(わるくないだろ)」

池「りっふじんですねぇ〜〜〜(あ〜あ、こりゃしばらくこのネタだな)」


それを聞いていたある人から、新しい玉が飛んでくる。

「無理強いバスはどう?」

吉池「どんなんですか?」

「乗ってよ乗ってよお、ねぇ乗ってよおおお」

悪くはないが、理不尽バスほどではないとトロンボーン吹きは思った。



その後、無免許のお蝶婦人が運転する「貴婦人バス」や車内アナウンスが舌足らずな「ひふみんバス」、お釣りが少しずつ足りない「しぶちんバス」や運転テクニックに粋な技がありすぎる「いぶしぎんバス」など思いつき、例によってここに列挙しようと思ったが、やはり理不尽バスを超えるものではないのと、もうここいらが限界なので、寝させてください。

おやすみなさい。(-_-)zzz


Nーcrafts徳島にて学生コンサート

posted by take at 16:25| 活動報告

2019年01月27日

恋せよみんな


アウトリーチの話が続いています。


特別支援学校の子供たちにも聞いてもらいました。

重度の障害をもった彼ら。声をあげたり足をバタバタしたりすることもあるけど、感じて喜んでいるので、普段通り進行してくださいとの話がありました。

何度か経験があるので特に驚くこともなく、それどころか、生演奏を聞いてもらえる、振動を感じてもらえる喜びをもってパフォーマンスに臨みます。

身体を動かすことが不自由でも、その眼と相対すれば、音楽の空間が価値あるものになっている実感は伝わってきます。

周りの先生や父兄の方々の心も、少なからず響いてくる感覚ももてます。


終わって廊下を歩いていたら、とある習字が目に留まりました。

学校で子供たちが書き張ってあるにしては、珍しい題材だと思ったのです。


『恋せよ乙女』


校長先生に聞いてみました。柔らかな表情が印象的な女性の校長先生。


「あれは中学部の子の習字です。それくらいになったらお洒落もしてほしいんです。数少ないですが、学外へ出るときは髪の毛を整えたり、綺麗な服をきせたりします。綺麗だねって(声をかけます)。

で、年頃になったらやっぱり恋もしてほしいんですよ、あの子たちに」


校長先生は、柔らかい笑顔で子供たちへの愛を語ります。


みんな、音楽はどうだった?とってもいいよね。

実は音楽以外にも、嬉しくなることもあるよ。

もしかしたら出会える人は限られるのかもしれないけれど、淡い憧れに心が震えるような、そんな恋心がみんなに訪れるといいね。


N響定期、そして再び徳島へ

posted by take at 20:44| 活動報告