2017年12月06日

課題曲


管打楽器コンクールの課題曲が発表された。

一次のザクセは珍しいといえば珍しいが、基礎能力はよくわかると思うので面白い選曲だなあと思う。

僕が受けたのはトロンボーンとしての一回目と二回目。二回目の一次はマルタンだった。一次予選に対する意識が今とは違ったのでしょうね。


今回とても良いなあと思うのは、二次の課題曲デュティーユ。

ふと大学二年次に経験した、ベッケさん初来日時の公開講座@芸大6ホールを思い出す。

「この曲は、トロンボーン奏者のテクニック、音楽性をはかるのに最も適した作品です」

「私は、最初の音はタンギングしないで始めます」

「ワイングラスの縁を指で撫でた時のような響き」


吹いてくれる演奏も言葉のひとつひとつも、あまりに異文化感満載で口あんぐりだったが、デュティーユの作品に対するコメントは共感含め心に残っている。

僕は多分6.7回本番にあげたと思うが、いつも「はかられる曲だ」というプレッシャーと共にチャレンジしている。

フランス人プレイヤーのソロCDにはまず収録されていることからもわかる、世に実力を問おうとしたら、避けては通れない道に立ちはだかる曲なのだ。


そして本選のブルジョア。難易度も高く、以前より認知度、そして評価も上がってきた音楽。


全体として、とても良い課題曲たちになった印象です。若者たちの踏ん張りも楽しみ。


春にはクァルテットのコンクールもありますよ〜。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 21:41| 活動報告

2017年12月05日

自分と楽器から剥がす


かつて、宮本文昭さんがまだケルンにいらっしゃる頃、インタビューで

「日本人は音(響き)が、身体と楽器に張り付いている」

みたいな主旨のことを言っていました。正確でなくてすみません。


僕はそれを読んだとき、

「なんとかして楽器や身体からはがして、空間に放たなきゃならないんだなあ。よく響くヨーロッパの環境ではそれが普通にできて、いい音で聞き手に届くんだろうなあ」

と思ったものでした。


まとまりや張りは大事だが、やっぱり、近くの鳴りから解放され四方八方遠くへ遠くへ拡がって飛んでいくみたいなサウンドは必要だ。

空気の中に溶けるイメージあれば、シンバルのような広がりも妄想。

スーッとスムーズに流れる息と共に、響きの粉を撒き散らすイメージも悪くない。


耳が「痛さ」や「硬さ」という力みを音の要素から見つけたとき(見つけられたらラッキー)、それを遠くへ、まさしく


「吹き飛ばしてしまう」


ことが大切なのでしょう。


N響定期練習、川越へ

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2017年12月04日

大きな価値への確信


高嶋圭子さんの『無言館にて』を演奏しながら


「凄いことをやったな……」


と思った。自分たちがじゃありません。高嶋さんがです。


強き反戦の思いを胸に、若き戦没画家たちの遺作美術館を舞台に生まれた音楽。

サイン会でかけられた声には

「行きたくなりました、無言館。素晴らしかったですね」

「涙が止まらず、ずっと泣いてました」

というものが。

素晴らしいというのは、メッセージ性からくる存在価値に対する賛辞。もちろん純粋に音楽的魅力に溢れてもいる。

これらの言葉で、彼女の偉業とも言える創作が、あまりに価値あるものになったのだと確信しました。


どうやっても自分の都合で忘れていく人間が、過去の愚行からの不幸極まりない現実を繰り返さないよう学んでいくためには、語り継ぎ、感じさせ継ぐアイテムが必要だ。

涙を生む音楽は、客席の演奏家たちをも強く刺激したはずだ。音楽的魅力とやるべきことだとの判断ははっきり見えただろう。自分たちのやることに意味をもたせたがる演奏家には、欲求と意欲がわいたはず。

そうやって演奏し継がれ、聞き継がれることが、30年後も50年後も、更なる未来までなされたなら、それは無益に命を奪わない「戦争をしないこと」に繋がるはずなのだ。


多くの人が努力をしながら何気に成果をあげられていない、この記憶の風化を防ぎ価値観の成長を促すことを、彼女ははっきりとやり遂げた気がした。


サン・テクジュペリの言葉。『地球は先祖から受け継いでいるのではない、子どもたちから借りたものだ』

これは環境破壊に対する警鐘のテイストが強いと思いますが、私たちが、戦後72年経った今、過去の多くの犠牲と言い尽くせないほどの悲しみの上にある平和に対し、少しでも感謝の気持ちを宿しながら幸せに生きられているのだとしたら、物質や思想だけではなく、


「現実の記憶」


を受け継いでいく義務があるのだと思います。


川越へ

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2017年12月03日

ジパングは続く……ようだ


ジパングVol18、無事終了しました。聞きに来てくださった皆様、本当にありがとうございました。

リハーサルから打ち上げまで、楽しくスムーズに進んだのですが、昨年までと少しだけ違うムードなのは、

「ジパングがこれからも長く続いていきそうな予感」

わちゃあ……

みんな若くはないが、だからといって昨年までのように「20年も近くなってきたし、いつまでやるんだろ?」みたいな空気になるというより、


「これからも続いていきますよぉ〜〜」


みたいな気分になっている。


必要なのは進化。これがなくなったら終わり。なんとかして新しい演奏ができるように、日々探し求めていきたい。


ブロカート、分奏、合奏

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2017年12月02日

自分で選ぶ


「最高の選択とは自分の選択だ」


という言葉を聞きました。その通りだと思います。

選択に困り思い悩んだとき、人の判断に委ねるのではなく自分こそが決める。後々後悔したり、うまくいかないことを他人のせいにしなくてすむようにするためにも、いざという決断は自分の選択でありたい。


もちろん、人が導いてくれる道が大きな転機になったり、才能の開花や自分を理解することなどにも繋がり、人生で最も感謝する人がいたりもする。

僕も若者の資質を見極め、「君はこうした方が良い」」と導くべき立場、年齢だと思う。


しかし可能性を示したり、ゆるやかな意見を述べながらも、やはり最期の選択は自身にさせる。

その人に対する「僕の希望」があったりするし、関心があるからこその願いであったりするのだが、やはり本人が決めるべきだろうと。


自分で選択したという事実が生む成長と、そこから派生する本人の運命にこそ関心をもつべきだろうから。


ジパング本番

posted by take at 14:56| 活動報告