2018年09月15日

人こそ


とあるドラマのセリフ


「人を失えば全て失う。立場を失っても全てを失うな」


「結果が大事というのは敵との戦いにおいて。過程がさえ良ければ周りに人は残る」


人を大事にすることこそが本当にやるべきことなんだぞ、と言っている。

わかってるような気になりながらも見失い、判断を誤りがちな話。

自分も人だから、自分が大事なら同じように目の前の人を大切に思うと、関係が心地よく響くんでしょう。


N響定期本番

posted by take at 12:07| 活動報告

2018年09月14日

ヨハン・シュトラウス


若い頃は、ヨハンシュトラウスの良さ、愉しさがあまり理解できてなかった。

学生時代、仕事を始めた頃は、音教でアオダニこと『美しく青きドナウ』を必ずやっていたので、「これはとにかく愛される名曲っちゅうことなんだろうなあ」と思いながらも、「そっかー、そーなんだー」と。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートも「自国の歴史的文化の継承披露イベント」みたいなものかと、わけのわからないイメージを持っていた。


演奏家人生、徐々に好きになり、どんどん楽しくなっていく。

指揮者が誰かは忘れたが、N響でもシュトラウスファミリーの曲ばかりで一晩やったことがある。

バストロ一本という曲も多く吹く音符もやはり多いが、踊れることが前提に書かれているので、演奏しながらバウンドできる感じがなんとも楽しい。

特にコントラバスの頭打ちのような四分音符、時々低いロングトーンで支えるときの快感は、喜びに包まれること多々。

オーケストレーションが上手いし、何より屈託なく楽しませたいというシュトラウスの心根のおかげなのだろう。


定期的に経験したくなるシュトラウス。年々楽しい経験、年々嬉しい理解である。


N響練習、ソノーレ本番

posted by take at 09:08| 活動報告

2018年09月13日

食感しよう☆


いろいろ溜まるストレスの解消。マイナスからの再生だけでなく、快感としてもあらゆる食感を感じるのは、味そのものを楽しむのと同じくらい嬉しいことなのだと思います。

食べるというのは、どうしても味の良し悪しがクローズアップされる。

僕がせんべいを好んで楽しむのは、米と醤油が好きだからだけでなく、堅めのものを


バリボリッ☆


と砕き小さく粉々にすることで、自分こそが征服したのだという満たされる欲求と共に、単純に顎から頭全体にかけてドラムのビートを感じるような快感があるからだと思う。


山芋やレンコン、ナシやリンゴなんかの「シャクシャク☆」や、一本キュウリの「パキッ☆」からの「ポリポリッ☆」なんかも、実はとても素敵で、同じ味でもフニャフニャ(涙)なら魅力半減だろう。

ただ、堅ければ良いというわけでなく、やおいものあっての堅さの魅力だし、逆もしかり。


讃岐うどんが最高の人気を誇るのは、やおいはずのうどんに「モチッ☆」とした抵抗感があるからで、実は神の領域(空海が「うどん食うかい?」と)のバランスがそこにあるから。

あらゆる食べ物、味だけでなく、意識して食感を楽しむことで、更に喜びは増すのだと思います。


溜まったストレスを噛み砕き、スーッとレスすりゃ活力復活ぅ〜☆ (^∇^)


N響練習、ピアノ合わせ、ソノーレ

posted by take at 09:00| 活動報告

2018年09月12日

大きさ


何事も、パワーでなし得る大きさというのは


筋力や力みに代表される目に見えるものを超えたもの、人間の知覚を超越するが如く、ファンタジーから哲学まで存在するくらいのものであるべきだと思う。


そんな大きさは、外へ向かうベクトルの永遠ともいえる距離感が必要だが、同時に自分を包み込むものの大きさも感じるべきだろう。


オーラとでもいうか。


N響練習、トロンボーンアンサンブル話し合いと音だし

posted by take at 07:35| 活動報告

2018年09月11日

お遍路の行き着いた先


四国でお遍路をやりきった友人たち。最後の香川県では、3日間で13軒のうどん屋でずるずるしたと。

「そんだけ食べたら飽きたやろ。鼻から麺が出とるぞ」

「いや、飽きたどころか好きになりました。あの〇〇(大手)がさほど美味しくないというのもよくわかりました」

そしてとくに冷やかけが気に入ったと。


そーなんだよね。よそにあまりないのもあるけど、冷たい出汁のうま味快感と、それをまとって喉へ向けて吸い込まれてくるうどんが下の上で跳び跳ねるいきのよさ。

最高やね。


僕は上原のときは、かけ、冷やかけ、ざるのみっつの小を食べる。注文の際は、言葉にせずとも目配せでトリプルが出てくるにわか常連だが、なぜそんなに種類食べるのか?

それはお遍路が終わったチューバ池田の言葉を借りて表現しよう。


「なんの国だと思ってんの?そこにうどんがあるんだから。登山家の気持ちになって食べなさい」


なんかよーわからんが、彼からは憑き物が取れたようなのだ。


高松一高レッスン

posted by take at 07:19| 活動報告