2017年04月20日

完璧なるマエストロ


指揮者というのは、自分の音楽観からのオリジナルのやり口をもっている。それが、全ての作曲家の表現に対し様になるとは限らない。

よって「得意な作曲家」「他の指揮者の方が様になってる作曲家」が評価としてついて回る。

もちろん「何をやっても冴えない」という人はいるので、ある程度のボーダーを超えた実力派指揮者の話です。


指揮者本人は、気合いの入り方が違うとか、手を抜いてるなんてことは当然なくて、自分なりのやり方をどの作曲家でも貫いている(それしかできない?)わけで、あくまでも聴衆やオケマンの独断的評価にすぎないのですが。


ただ、形式がしっかりしているシンフォニー、和声感覚の変化で色鮮やかにしたものが素敵な曲と、オペラ的にドラマをちりばめた方が良いものくらいの分別で、振り方から作り方全てを変える人ってのがこれから出てこないかなあなんて、最近思っています。

自分にないものはできっこないし、無理やりやっても不自然になるかぎこちなくなるかだから、難しいですかね。

それぞれの個性を楽しむのだから、やり口に魅力があればそれでいいとも思います。

ただ、見事に表現し分ける人がでてきて、そのどれもが違っているがゆえに、作品からの感動を余すことなく引き出したとしたなら、


完璧なる理想のマエストロ


として歴史に名を残すことになるでしょうね。


N響定期練習、ジパング

posted by take at 21:21| 活動報告

2017年04月19日

好好爺の決闘


「俺たちも男だ。言葉で争うのはやめて拳で戦おう」


これは、あるコメディタッチのドラマを見ていたら登場したセリフ。幼なじみの人のいい結構歳のオッサン2人が、たいしたことない理由とくだらない勘違いで数十年いがみ合っており、いよいよ決闘しようとにらみあった際の言葉。

考えてみたら、僕の人生では過去こんなシーンは一度も無かった。決闘というのはしたことがない。その点では、勇気も凛々せず闘争本能も燃えないドラマ性のない冴えない人生である。逃走本能が活躍したシーンはある。

タイマンでもあったのは口喧嘩。多分これからも、拳を使うことは無いのだろう。


「いや、暴力はやめようよ。大人なんだから話し合いで」

の方が、それこそ大人だし賛同を得る。

もちろん大事。今の世界の情勢でも本当大事。身体の痛みや命の犠牲あっての平和だと信じきっている人は、自分の痛み、自分の命とリアルに向き合って、言葉と知性を持った人間の可能性こそを信じた方がいい。知力こそを使う、人間だもの。


ただその真理とは別に、コメディタッチのこのドラマからこのセリフを聞くと、

「なんか自分の人生にはこんなんなくて、男らしくなくピリッとせんなあ。若き頃、一度くらいはこんな言葉とシーンがあってもかっこよかったなあ」


なんて思っちゃいました。

まあこのドラマだと、このセリフがどんなにかっこよく、女子に「男って本当バカみたい」と言われたって、ボコボコ血だらけにはならないことわかってるから、そう能天気に思えるんですけどね。


N響定期練習

posted by take at 18:40| 活動報告

2017年04月18日

独断に進めという独断の勧め


「本当に面白いことをしたいなら、全員の意見を聞かない方がよい」

最近心からそう思います。


個人のエネルギーが周りを口チャックと共に引っ張れているなら素晴らしいし、全員の意見を聞かなきゃと向かった段階で、その内容はつまらない方向へシフトしている。結果相反するいろんな意見が出て、面白い部分は削れるのがオチだ。

マーケティングだけでは成功しないのと同じ。未来への希望を感じさせるような世の中の面白さを生んでいるのは、多数の意見で彩られたこの社会の中から突き抜けようとする、片寄った考え方でありエネルギーでしょう。

周りを説き伏せる力は持ちたい。信頼される人間性も装備してなくてはならないが、まずは思い付くことが、異様な力と愛に充ちてなくてはならないのでしょう。


N響定期練習

posted by take at 13:38| 活動報告

2017年04月17日

往復


コミュニケーションが滞る、KYなんていうのも含め、違う言い方をすれば「一方通行」ということになる。

ということは、上手くいっている人間関係、コミュニケーションは「往復している」となる。


最近はKYの勧めっぽい意見を言う人もいる。

いかにも上手くいっているやりとり、定番の上手さというのは言葉は違うかもしれないが、そうではなく「一方通行風」の表現をしたとしても、しかし結果面白くなったり特があったりなんてパターンを表して言うのだと思う。

ただ、流れている周りの空気と違う感じでKYっぽく表現しても、結果が良くなるのなら、それは相手の心にも響いたものがあるということで、一方通行ではなく往復したと言える気がします。


コミュニケーションというのは、例えば黙って相づちを打ちながら相手の話を聞くことに徹すれば概ね上手くいくことも多いが、そうではなく自分の言葉を挟もうとしたら、基本いついかなる時も、成功なのか失敗なのかは勘なのだと思います。


達人というのは、その瞬間に気持ちを往復させることができる。


今この流れで、自分がこう言ったら相手はこう思う、だからこう言うとうまくいく、という勘が働いている。この時点で既に一往復半してから言葉を放つことになる。

過去の経験は大きいでしょうね。失敗した投げ掛けは自分のリストから外し、上手くいった順にランクインさせていく。

更に、相手が本当に言いたいこと、この会話の結末がどうなるのが良いのかまでわかるキングオブ達人は、実は複数回の往復が瞬時に感覚的に行うことができ、それでもって「じゃあ今はこれを言う」みたいなことができる。

実は会話に健全な目的意識が、しっかり内蔵されているのでしょう。

全てセンスのなせる技ですが、いずれにせよ


「自分の中で往復させる力」


というのは、凄く大事なのだと思います。

それが正論でもただ理屈っぽく聞こえ、受け入れたくなくなるからの嫌われていくパターンというのは、実は発信時に「往復作業」がなされてないからだと思います。


それさえ上手くできれば、本屋の自己啓発のコーナーに並んでいるハウトゥ本とは違うようなKYな表現になったとしても、きっと価値あるコミュニケーションになるのでしょう。

その手の本を読んでも必ずしも上手くいかないのは、やり方だけインプットしても、往復させる力を備えてないと底の浅さで失敗するから。まあ備えている人はハウトゥ本は読まないのでしょうが。


往復させられるかどうかは比較的単純な話だと思います。

相手に対して愛情があるか、それだけ自分に余裕があるか。

それだけだと思います。

耳に気持ちいい言葉だけではなく、人生に最も必要な、厳しくとも成長させてくれる投げ掛けなんかは、愛情の産物以外の何物でもないのですから。

愛の往復こそが最も素晴らしいが、言葉はそれを実現させる大半を担っていますね。


オーディションを聞く

posted by take at 18:17| 活動報告

2017年04月16日

男も女も同じ


過去何度か、

「結局、男は女の見た目が一番大事なのよね」

という女性の意見を目の当たりにしたことがある。

僕は、「違うとは言わないけど、そうとも限らないよ」という微妙な反応をしてたのだと思う。


ただ、今はっきり思うのは

確かに、女性の見た目を気にしない男はいないと思う。でも結局は、目の前の女性が何を言うのかが一番大事。

例えば、周りが羨むような美人をゲットして、つまらない会話からの、さえない関係になっている組み合わせはあると思います。芸能人や女優でも、あるのでしょう。


何を言うかは凄く大事。


その言葉と共に、自分の人生の時間の流れ方、また自分の成長は決まるし、何より素敵で奥行きがあり、敬意の持てる言葉を発している女性の表情が一番美しい。


それは、女も男も一緒。人生の時間には、それが一番大事。


と、後々わかる。


レッスン。N響定期

posted by take at 12:59| 活動報告