2017年10月17日

エッシェンバッハスタート


マエストロ・エッシェンバッハとのブラームスが始まりました。

今週が三番と二番、来週が四番と一番。僕は両方出番で、久しぶりにブラームス短期コンプリートを経験することになります。

マエストロとの共演は、かなり楽しみにしていました。ビックネームですし、世界中の名オーケストラで活躍してきたベテランドイツ人ですし。


リハーサルは二番から。やり口に慣れるのに少し時間がかかりますが、どんどん深みのあるサウンドになっていきます。

午後の三番になるともう弦楽器群が凄い音に。鳴り響き方が尋常じゃありません。我々管楽器も、中身のあるよく喋る音でブラームスの思いを綴っていきます。


タクトは聞いた通り少々わかりにくいところもあるのですが、今時のバッチリ整えるタイプとは対極の、曲線美ともいえる歌を膨らませていく作り方。

ブラームスがどんどんドラマチックに、そしてどこまでも美しくなっていきます。


なんか長くN響にいる思い出から、何かが引っ張り出されてくる感じ。懐かしさが込み上げてきました。

かつてよくあった時間。


ブロムシュテットとのチクルスとまた違った、充実した満足感が確信できる初日のプローベとなりました。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 21:26| 活動報告

2017年10月16日

楽器と育つ、楽器が育つ


相談を受けました。

知り合いが、久しぶりに楽器を引っ張り出し吹いてみたのだが、良い音がしないし、鳴りムラがありとても吹きにくい。吹いてくれというので試してみたら、やはり状態が良くないのがわかる。修理に出せばなんとかなるものでしょうか?



その楽器がいい音しない原因がいくつか考えられる。

もともと良くない楽器だった。

吹いている人が変な音で吹いており、そういう響きになった。

見た目にはわからないが、実はぶつけたか落としたかで、どこかにストレスがかかってしまっている等


相談者によるとかなりきつく吹きにくいそうなので、修理に出しても劇的な改善は難しいだろう。それなら新しいのを買えば?とアドバンスした。オーバーホールとなるとかなりの金額になるし、当人も楽器屋で吹きやすいの吹くと、驚き嬉しくなり欲しくなるだろうから。


僕は管楽器の場合、一本だけ持つなら、あまり年期の入った中古は勧めない。セカンド楽器としてとか、新品同様、ほんの少ししか吹いてないものなら良いと思いますが。


楽器は元々の音を持ちつつ、ユーザーの響かせ方と共に育っていくもの。

豊かな響かせ方で吹けば素晴らしい響きに育つし、変な音で吹き続ければそういうキャラクターになる。

また楽器自体の響きが、ユーザーのイメージに影響も与えてくれる。

そういう意味で、楽器のポテンシャルが100パーセントの新品から自分こそが響かせ始めて、それに楽器が応えて変わり、そして自分のイメージも変わっていくというのが理想的だろう。

弦楽器はどうだろう?弾く人によってクオリティが変わったりするのだろうか?


N-crafts、佐賀にて学校コンサート

posted by take at 16:31| 活動報告

2017年10月15日

自由 その3


とにかく自由に演奏してごらん。

合奏ではなかなかそうはいかないだろうから、基礎練習やソロを。

基礎練習を自由に?

そう、概念にとらわれないで。パターンというより音を、ニュアンスを自由にしてあげる。

自由にというのは、とにかく妄想しなければそうならない。

自分がまだ知らないようなものを探して、妄想して。

そうしたら、初めて自分の深層趣向が見えてくるから。奥深くにいて、わたしが辿り着くのを待っている最愛の理想に近づいていくから。

あぁ、僕は本当はこうやりたかったんだ。私はこう表現したかったんだ。

本当の自分に巡り会える喜び。それは自由を探し、自由を旅した先にある。


NTTレッスン、ブロカート
新しいクール、フランスにまみれる半年スタート

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2017年10月14日

自由 その2


ルーティンこそ反復のメンタリティではなく、常に新しいことをやろうとする。クオリティーの嬉しい変化を求める。

そうすることで、ウォームアップも基礎トレーニングも、同じ曲を何度も演奏することも、価値ある意味をなしてくる。

そんな、型にはめない表現の自由を理解することこそが音楽の真の理解であると転換することが、素晴らしい魅力の道へと演奏家を導いてくれる。


川越へ

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2017年10月13日

自由 その1


実は演奏というのは「こうでなければならない」ではなく、極めて自由なのだと思います。

その曲において、最も素晴らしい唯一無二の表現を求め探す演奏人生だが、結局存在するのは、いくつもの魅力的で感動する演奏と、それよりも数多いさほどでもない演奏だ。


つまり「こうでなければならない」は幻想。実は自由に探し、自由に表現すべきだ。全ての人の顔が違うように、表現の欲求も違うはずだろうから。自分に正直に。


それが聞く人にとって素晴らしいものであればいいだけだ。


ジパング

posted by take at 06:21| 活動報告