2019年12月07日

運良く幸せ


マツコ・デラックスのテレビでの発言。トークのテーマは「子供に習い事を始めさせるには何が良いか?」

「正解はないわよ」から始まり、「子供のときはどんなことを習っても損はないと思うけど、親の思いを押し付けちゃだめ」と。

そして飛び出した意見。


「ピアノは一度はやっといた方がいいわね。大人になって、やらなかったの一番後悔するのはピアノや音楽だから。二十歳過ぎたらもうできないし」


まあ二十歳過ぎてもできるとは思うが、一度も楽器をやらなかった人が大人になって強力に憧れる、なんならやらなかったのを一番悔いるくらいだという意見はわからなくはない。

ピアノに限らずなんらかの楽器が演奏できたら本当に楽しいだろうなあと、音楽から幸せを享受するホモサピエンスの願望は、何度も耳にしたことがあります。


はい、本当に楽しいです。


運良く、楽器と共にある我が人生。物凄くラッキーだと思います。あらためて、しっかり楽しみきらないとと。


N響定期、ジパング

posted by take at 17:32| 活動報告

2019年12月06日

聴く力を育てなければ


薄々感じていたとはいえ、「聴く耳」が育つこと、そのクオリティが上がることが必要だと今ほど思っているときはないのだが、実は音楽大学ではこれを育てるカリキュラムは薄いのが現状。演奏するという発信の方を鍛える方に特化しているのが現実で、耳や感受性は自主的にやりなさいと。演奏会に通ったりCDを聴いたり勝手にしなさいということだが、録音はともかく生演奏を聴きに通うには、夕方以降も忙しいスケジュールになっていたりする。

特に東京だと、授業が終わってからNHKホールやサントリーホールには間に合わないとか、電車代がばかにならないとか残念な話は多い。

それでも半期に何回かは聴きに来なさいと意識のきっかけを作り、楽聖たちが計画的にコンサート観賞スケジュールと過ごすのは大事だと改めて思う。

「名演奏を聴く」なんて講義があってもいいと思う。高品質のオーディオであらゆる録音や録画を観賞からの研究。聴き比べなんかもとても効果がある。直後の練習なんかにも、かなり影響あるだろうし。

本来本当に素晴らしい演奏を知らない人だと、たまたま楽器からいい音が出たり達者に操れるようになっても、音楽家としての表現は乏しいことしかできない。知っている表現を体現しようとするという現実もあるから。

発信トレーニングと同じくらい、インナートレーニングは大事なのですが……



実は何をどんなペースでというのは大事だが、それ以上に「極めて集中して聴く」というのが、本当に大事だと思います。

集中というのは観察力と吸収欲求を生み出すはずで、そこまでたどり着かない場合、耳を育てるパワーとしては弱いものになったりする。

そして集中して聴くために実は必要だと思うのが、「本気の表現による本気の演奏」。

それは、聴き手の聴き気(やる気)に如実に反映する。


今年度からとにかく楽聖に曲を聴かせている。僕は常に本気であり、彼らは集中して聴いていると信じている。

そんな癖からもし耳が成長したなら、その記憶からの感性でこそ練習ができると信じているのです。


レッスン、N響定期

posted by take at 17:48| 活動報告

2019年12月05日

息を間違えない


道具は自分に合ったものをと語るとき、

「靴や洋服は自分の身体のサイズに合ったものを選ぶのと同じように、顎や唇、歯並び等、自分の骨格にあったマウスピースを」

と言ったりする。憧れの演奏家と同じものを使っても、自分に合ってなければ吹きにくいだけだよ、なんなら調子崩したりと。楽器そのものについても同様に語られる。



今日は「息の入り方」について、実は勘違いしない方が良いというアプローチで、意見をまとめてみたい。

マウスピースや楽器への息だが、まずは「入る方がいいというものではない」ということ。

スムーズに流れるものが良いのは一番重要視したい。そしてスムーズさと量は別だと理解すべき。

スムーズさは最終的には自分の力で成し得ていく領域でもあるのですが、抵抗があるものに対し、抵抗なく入ればいいのではなく、その「入り方」こそが見つめ判断するポイント。

自分に反ってくる圧力、出した分だけ入っていかないことを抵抗だとして、その全てを悪と捉えるのは危険だ。

「支えという抵抗」は必ず必要で、もってかれている息を、凄く入るから善しとすると、後々必ず不本意なストレスがやってくる。

スムーズさに対するセンスこそが必要で、凝縮したポイントとしては


「自分こそがスムーズさを自然に目指していけるものを選ぶ。

ピアノでもフォルテでも、息を送ろうとしているインナーや口周りが、無理やり頑張らなくてもロングトーンが長く伸びるもの。

頑張って真っ直ぐではなく、自然に真っ直ぐ吹けるもの。

最初が一番息が入るものではなく、吹いていくことによりより入る感覚になるもの。

詰まっていく感覚になるものではなく、広がっていく感覚になるもの。

気がついたら意識とは別に身体が頑張ってしまっていて疲れるものはではなく、楽しくて吹きすぎて疲れるもの」


そして実は一番大事なポイントになるのだが、

「音楽的に吹けるもの」

つまりロングトーンだけでなく、音楽的な息が流れるもの。必ず自分にとっての定番のフレーズを試し音楽的に吹けるもの。音一発の音色だけで選ばない。


新しいものに対する印象というのは必ず一過性。それまでの道具の息や振動で吹いての印象なので、2,3週間後、慣れてきたときにしか正解な判断はできない。

そのときまでに、以前できていた音楽的表現ができなくなっていくものなら合っていないとなる。いくら新鮮な美音との出会いだったとしても。

未来の時間へと伸びやかに進める、そんな勘が働くかどうかにかかっている。

息は入ればいいと、勘違いしない方がいいのです。



N響定期練習

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2019年12月04日

我にニンニクひとふさを!


今年度から、レッスンの最初と毎月のソロリサイタルズ(おさらい会)で一曲吹いています。

先月のソロリサイタルズでは「デュダンス」を吹くはめになり(先々月の打ち上げのお酒のせい)32年ぶりにひと月さらうも、当日不本意な出来で悔しく、沖縄へ行ってもさらったりしていました。

久しぶりに高音曲の洗礼を受け「やはりニンニク丸あげひとふさ分くらいのスタミナエナジーを持ちたいな」と思い、昨日のレッスンでは、レオポルドモーツァルトをテナーで吹いたりしていた。

今日は全体でのオケスタとカルテットのレッスンだったのですが、最初に以下の曲をノンストップで続けて吹き、自分のスタミナトレーニングに楽聖をつき合わせる始末。


♪レオポルド・モーツァルト
♪サンサーンスのロマンス
♪バスタ
♪ゴールドスタインの対話
♪グレンダール

最期は音がバシャバシャになったが、なんとかもつにはもった。しかし、あらためてスタミナ欲しいなと。

夢のまた夢だが、レオポルドモーツァルトとアルブレヒツベルガーとデュダンスを続けて吹いても音が出るスタミナが欲しいと、本当に年甲斐もなく思ったのでした。


N響定期練習、川越へ
朝の運動は無理しないのに、夜のトロンボーンは無理してます……

posted by take at 21:30| 活動報告

2019年12月03日

朝無理せず


とにかく毎日続けられること。

これが、僕が理想とする、自分の変化(上昇)を伴う人生の楽しみの第一条件。

楽しく感じられることも必須だが、毎日続けられているならもれなく楽しめているわけで。

問題は、そのアイテムを見つけられ、習慣化し、生活に溶け込ませられるか。それぞれにハードルがある。


今年習慣化したことで最も嬉しいのは『朝の運動』。

とにかく、やってはやめやってはやめで54才まで来たが、ようやく止めずに毎日いけそう。

ポイントはふたつ。朝やることと、無理をしないこと。


今までは夜やることが多かった。夜やって疲れてもそのまま寝れば良いと思っていた。しかし夜というのは1日動いて基本疲れているし、その疲れ方も様々。で、結局「今日はやめとこう」から、まんま再開されずの繰り返し。


今は朝、40分計上。

起きて10分後、まずはラジオ体操。これは「やっぱりラジオ体操みたいよ」と、あるおっちゃんから聞いたから。

で、腹筋ローラーを15回、決して無理はしない。

で、スクワットチェアーを使い15回、決して無理はしない。

そしてニュースを見ながら、エアロバイクを30分だらだら漕ぐ。決してムキにならず、決して無理をしない。負荷もまあまあ、漕ぐスピードもゆるゆる。汗もかかない。

シャワーと半身浴で身繕い。疲れはなし。というか、疲れるまでやらない。毎日続けるにはそれしかないから。

東京を離れる日以外は、もう8ヶ月以上、毎日続いている。


楽器とコレくらいだが、本当はそんなアイテムで1日が充たされると、一番いいのにと思ってたりする。

人生自分の変化が一番楽しいから。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 16:40| 活動報告