2020年03月29日

理想が気づかせてくれる奏法


完璧な演奏を目指すというスタンスが、自分に教えてくれる奏法というのがある。


誰しもが失敗の無い演奏、表現しきれた演奏がしたいだろう。つまり完璧な演奏。

その完璧さを目指すとき、音が当たるかどうかや、どのくらいの息で表現したいかを「賭けに出る」ようなアプローチでいるうちは、そうならない。

誰しもが絶対完璧に吹けるという確証はない。つまり確率の問題となる。賭けに出ている割合の高さと、この確率は比例する。

賭けに出ず、自分が理解やコントロールのもと吹けている割合が高ければ高いほど、完成度への確率は上がる。


少し話をずらすが……

オリンピックが延期になったことによる発言から、アスリートたちが四年間というのを意識してコントロールしていることが、今まで以上に本当によくわかった。

四年に一度に照準を合わせ、最高の状態でそのときを迎えられるように、計算やコントロールのもとに努力をしている。

今これを私たちの場合に当てはめたいのは、本番へ向けてのコントロールのことではなく、完璧な演奏への話。

アスリートたちは、いざ本番のときは、ただ全力を出すことに賭けるのだろうが、そこまでの時間は決して賭けには出てないはずだ。

そのときに完璧な身体と心であるよう、それこそを目指して練習している。そうすることによって、初めて完璧な状態になるトレーニング法や、パフォーマンスの仕方がわかるのだと思う。

努力が結果にというのではなく、目指す結果の種類がやり方を教えてくれる、オリンピックでのメダルをきちんと目指した人だけがわかるやり方があるのだろう。


私たちにも同じ。

そういう意味で、何を理想としているのか、そのタイプは本当に大事なのだと思う。


休日

posted by take at 17:08| 活動報告