2019年05月17日

横になりたい


ヤルヴィ父が懐かしい気持ちになるのは「横しかない」からだ。

見事に横しかなく、縦はほとんど必要としていないようだ。

だからといって、オーケストラがずれまくるというのかといえば全くそうではない。

合図も少なめなので、皆のお互いに対するアンテナは感度がよくなり、そのうねりにのれれば、要所要所で合う。

厳密に言うと合ってないのかもしれないが気にならない。

エッジも減るので、オーケストラ全体のサウンドも丸みを帯びて、柔らかく広がる。


横なマエストロ、1990年代、僕がキャリアをスタートした頃はまだ何人もいた。

父ヤルヴィが軽やかな横なら、ペザンテ横の代表はホルスト・シュタインだろう。とにかくずっしり重く、はっきりしないのであちこち合わなかったが、ワーグナーやシベリウスなんかで、とても壮大で深みのある音が出た。

N響はデュトワがきて、一気に縦の洗礼を受けた感じだが、後の指揮者も多かれ少なかれどうしても縦は気になるよう。

確かに揃えば揃うほど明晰にはなるから。


でもやはり横はいい。人間はゆらいだ歌が好きなのだ。

日本人なんか特にそうじゃないだろうか。

演歌なんて、ずらしてなんぼ。こぶしがうねりバウンドするほど、皆で喜んでるんだから。


Nーcrafts練習、N響定期

posted by take at 14:39| 活動報告