2018年10月31日
信じて言う
年齢を重ねなければわからないこと、50も過ぎないとわかってこないことは多々ある。しかし
「今言ってもわかんないだろうなあ。その年にならないとわからないのだから今示しても意味がない」
と、若者に伝えるのを躊躇する(実は面倒くさがっている)のは良くないことだと思います。
価値観や言葉は、出会えれば理解できる、聞きさえすれば自分のものになるわけではない。
聞いた瞬間ちんぷんかんぷんなこともあるだろうし、「そうだよね」と思えたり理解できた気になれることも多いのだが、たとえばわけわかんなくても、その言葉自体を完全に忘れてしまうわけではなく、記憶の片隅にあり続けたりもする。
そして一年後や二年後、十年後や場合によっては三十年後になって、きちんとした理解から身につけることができる場合だってある。
ある瞬間ストンと音がして我が物にできるようなときがきたりするものだ。
だから「今言ってもわかんないだろうから」と決めてかかり、伝えないのは良くない。
実は、そんな生涯の宝になるような言葉に出会えない方が、一生の時間を生きていく者としては不幸だ。
年をとって頭硬くなってからだと、聞いてもはじくだけだろうし、あまり出会えてないと、結局成長に相応しい考え方ができるようにならない残念な生き方になるだろう。
お説教の類いはそういうのが多いし、また何気ない会話の中にまさに宝石のように輝く言葉があったりする。
それが輝いて感じるか、ただの声にしか聞こえないかは人それぞれだが、投げる方は
いつか必ず理解してもらえる日がやってくる
と信じて、とにかく言うに限る。
思い出してみると
「今のおまえにやわからんやろうけどの、年取ったらわかるときがくるんじゃ」
は、父親の説教の最後を飾る決まり文句だった。
大塚にて講義
posted by take at 16:43| 活動報告