2018年08月20日
そとみなかみ
N響の仲間に、ある「間違われエピソード」を話しました。
かつてホールの楽屋口で、サイン待ちをしていた方に別の演奏家と間違われたのです。
「いえ、違います」とはっきり否定したのに「え?!〇〇さんですよね?」と念押しされたので、そんなに似てるかー?と思ったのですが、今回話した彼も「えー?似てるかあ?」と。
ですよねー。というかその後の彼の発言が、なんだか印象に残って……
「中身が全然違うよね」
実は相手や僕がどうこうよりも、この「中身が違う」という見方がとても印象に残りました。
普通なら「性格が」とか「人間性が」とかになるのでしょうが、中身がというと外身があるということになる。
外見といっている入れ物が外身だとして、中に入っている中身が本物の人間みたいにもとれます。
まあ表情とか立ち居振舞いでも人間性をはかることはありますが、基本入れ物である外身と中身は全く別物だとしたならば
外見だけではまるでわからない
となる。
確かに、自分以外の人が本当に、本当に!何を考えているかはわからないもの。
逆に言えば、自分の中身しかそれがわからないわけで、普段は入れ物というカモフラージュで隠しているとも言える。
それでも、結果周りからかなり正確に判断されてしまうわけで、それというのは
「発言と選択」
を評価されてのもの。
結局中身は頑張るしかないのだ。
休日
posted by take at 16:46| 活動報告