2018年08月07日

最後の勝者


「最後の勝者は善人である」

これは韓国のとある女性アイドルが好きだという言葉。若いアイドルが深くも重い言葉を発したこと自体特別にも感じるが、どんな人が発したにせよ、その内容は「結局探していたもの」のように感じさせられる。そして、意外とたどり着けない価値観でもある。

悪人や憎まれっ子、実はいろいろいかんことやってきた人たちがはびこる現実が社会を構成しているが、かつてより罪の量に比例して表で裁かれる時代になってきた。

グレーゾーンで生きてきた人たちが、びくびくしながら我が過去を振り返っているようですが、実は裁かれてしまう人と、結局今までは見逃して許してもらえる人の間にははっきりとした境界線があり、何気にそこの川幅も広い気がします。

発信地が韓国というのは、またいろんな想像ができますが、やっぱりこれは世界中に共通する理念かなと。

そして、結局そういう世の中でなくてはならないんだろうと、深くうなずかされる有難い言葉。



んで、僕は僕でいくつか考えてみました。


「最後の勝者は、どうやら良さそうだと勘が働くアイデアを、直ぐには止めずに続けられた人である」

「最後の勝者は、そのプロセスを繰り返した人である」

「最後の勝者は、お金の怖さと限界を理解できた人である」

「最後の勝者は、どんなに素晴らしいものたちに感動しても、誰もまだやってないけど自分ならこうするのにと思える人である」

「最後の勝者は、自分以外の人も、目の前の人も皆、幸せになりたいし得をしたいことがわかっている人である」



そして、いろいろ考えた末

「最後の勝者は、明るい人である」


川越へ、ジパング
暗い人を敗者だと思っているのではありません

posted by take at 12:08| 活動報告