2018年05月27日

涙のわけ


東京ガス吹奏楽団とカラーズを演奏した日のアンコールには、『ア・ソング・フォー・ジャパン』を吹きました。

楽団の方からは「涙をこらえながら演奏しました」とのコメントを、また客席にいた方からも「周りで泣いている人いましたよ」と。


わかります


僕も人がこの曲を演奏しているのを聞いていると、大抵感極まり涙が溢れてくる。

ただこれは「感動している」というのとは違うと思う。

悲しくなって、辛くなっての涙なのだろうと思う。



かつてリサイタルで演奏した際

「気がついたらぼろぼろ涙がこぼれていました。両手で顔をおおって、嗚咽をこらえながら、聴いているのが辛くなってしまって、もうこれ以上はやめて!とまで思いながら、それでも吉川さんが発する何かにぐいぐい惹きつけられて。音楽を聴いていてこんな状態になったのは初めてかもしれません」

との感想をいただいたことがあります。

そしてこのブログに書かれたコメントの最後は、「聴きに行って、本当に良かった」と書かれてありました。


喜びと共に感動したというのとは違う涙だろうに、「体験してよかった」とはどういうことなのだろうか?


しっかり落ち着いて考察したい。

このメンタリティこそ、被災地に対する人々の思いと、これからの私たちがすべきことの鍵が隠れている気がするのです。


明日豊田市で公演なのですが、そこへ向かう旅すがらゆっくり考えてここに書きたいと思います。


N響葛飾公演

posted by take at 18:49| 活動報告