2018年04月24日

いろんなレッスン


「〇〇先生のレッスン始まると、生徒が五時間くらい部屋からでてこなかった」

「一回エチュード吹いても、窓の外を見つめながから一言もコメントがなくてシーン。仕方ないからもう一回吹いて。それでも無言のときも。で、しばらくたって言葉少なに言われるアドバイスが効く効く」


昭和の時代にいたとある先生の話。

今では金メッキのわらじを履いて探してもなかなかいないだろうそんなタイプの先生、僕は雰囲気わかるが、若き楽聖たちに話してもポカーンだろう。

レッスンの雰囲気も先生の意図も、そしてそんな先生に生徒としてどう相対していたかも、まるで想像つかないにちがいない。

「あの頃は、実は先生もみんなシステムもよくわからず手探りだった」

だから懇切丁寧に教えるというより、1小節に対し納得いくまでダメ出しをし五時間か、まずは準備してきたかどうかが大事で、更にそこから生徒がどれだけ考えられるかで無言、みたいなことがよくあったのだと思う。


そんな今、試験が近いから曲だけで三時間レッスンしたという先生と話になった。

「僕は一曲で三時間はしないですね。それだけ時間あるなら、基礎トレーニングからオケスタまで幅広くやります」

話を聞くと、やはり1小節単位で細かく「ここはこう吹け」とアドバイスするタイプのよう。


生徒がさらってきてなければレッスンをしない。

曲の吹きかた、作り方を細かく指導、要求

仕事ができるようになるために必要なことだけをレッスンでやる

限られたレベルの高い生徒には細かいが、スキルの低い生徒には限られたことしか要求しない

等、先生のスタンスもいろいろあるようだ。


僕は上記のどれもあてはまらないのだが、でも自分のやり方もたくさんあるレッスンの仕方のひとつでしかない。


生徒のためになるなら、あれこれ吸収し取り入れたいが、僕自身も自分の個性から抜け出すことは難しい。

ひとつ、ずっと変わらないのは、どの生徒にも、よい音とよい技術をもって自己表現ができるようになって欲しいということ。

そのために、現代トロンボーンのノーマルな奏法について、僕も彼らも素晴らしい結果への真実を理解しきりたいということだ。


沖縄県芸レッスン

posted by take at 13:49| 活動報告