2017年08月12日

実は……


「聞きに行って本当に良かった……」

と思われる演奏をする。


これができる人というのは、この最難関課題に対して、真っ向から向き合う人だけだろう。


とにかく簡単ではない。


なにせかなりの感動が必須だし、しかもそれが聞き手の生きざまやその時の精神状態とリンクしなければならない。

聞き手一人一人の状況というのは、演奏家には全くどうすることもできないので、それならもう誠心誠意音楽に奉仕して、

「これぐらいの演奏なら、自分は感動する」

というところまでもっていくしかない。それで相手の琴線の震えを信じて、祈って、賭けるしかない。

とにかく余裕をもち、聞き手の耳の集中度×耳の数くらい自分こそが没頭し、全身全霊をもって取り組むしかないのだ。


それはそれで相当大変だ。並の労力ではない。そのつもりで準備し、そのつもりで気持ちを作らなくてはならない。

だがそれしかない。「聞きに行って本当に良かった」と思わせたいなら。


ただ……

自分が100%そうできているか、はたまたできていないかは置いておいて

「聞きに行って本当に良かった」とまでは思われない演奏をする、またその程度のことを目的とする

そんなことをすることに、何か価値とか、何か意味があるのだろうか……


よく考えてみたら、見つからず、そして無駄だと理解した瞬間、初めて凍る背筋がある。


休日

posted by take at 22:24| 活動報告