2016年10月28日

ぐるんぐるん


今どきの楽聖の気遣いは立派なもんす。僕のお酒が無くなりかけると

「先生、次なに飲まれますか?」

と敬語も立派で御丁寧。「たけ、なに飲む?頼んじゃるけん」とはこない。

しかしこちらが、結構ヨッパッピーのおめでたいハッピッピーなら、この素晴らしい気遣いアプローチが


「先生、次なにに飲まれます?」


と聞こえたりしたりらりらり。(聡明なあなたなら広辞苑より正しく理解するだろうが、このいいまつがい、内容としては正解なのである)


で、たとえ楽聖がこういいまつがったのだとしても、「なに飲まれますかでしょ!」なんてのは野暮の極み。即日失職並の大罪だ。

「なににのまれよーかなー?」なんてボケもレベル低い。大抵ニヤニヤしちゃってるし。楽聖たちは「す、すみません」といいながら、心の中では「ああ、オヤジだ…」と思っている。


正解はこれだ。

私は素晴らしい音楽の電動師なので

「めくるめく変化する、和声の万華鏡に飲まれようかな」



「美し過ぎるフレーズの絡み合いに飲まれようかな」


この場合、若者たちも

「…………」

となったり

「ははは……(小声で)あの、先輩、これどうすればいいんですか?」

なんてなっちゃだめ。顔色ひとつ変えず、

「わかりました」

とだけ答え、迷わずバカルディか、山口の銘酒『獺祭(だっさい)』を頼むのだ。

これこそ無言なるパーフェクト。


「先生バカ、ダサい」


とのツッコミになるのだから。


問題は、意図が伝わらず

たけ「お!さすがだね。付き合い長いね、これが飲みたかったのよー」

と、ただアルコーループに飲まれていくだけで、楽聖にとって余計面倒くさくい状況になっていくわけで………


川越へ。おさらいかい。

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