2016年09月26日

アプローチの鮮度


かつて生徒が、外国にてある著名演奏家のレッスンを受けた時のこと。「音だししていいよ」と言われ吹いていると、しばらくして止められて、

「僕は君の何十倍も神経を使って音を出してる」

と言われた。

これは、レッスンが始まる前から凄いパンチをくらった印象だが、この、音を出す前が大事なのか出してからが大事なのかは、実はとても大事。

もちろん出してからがどうでもいいというわけではない。しかし出す前、その瞬間にプレイヤーとして何をしようとし、どうなっているのかは本当に大事。

出す前にあれこれ考えこんでしまい、自然に「ためらわずポン」と吹けなくなるのは良くないが、吹く瞬間

「心も身体も雑になっている」

としたら、その方がまるで良くない。


ただ「丁寧に吹こう」というよりは、あらゆるやり口、あらゆるニュアンスで音は発せられるべきで、実は一種類のアプローチにはならない。

前出の演奏家も「神経を使っている」と言ってるだけで、「決まった吹き方をしている」とは言ってない。

もしかしたら音は、出す度に違うことを表現しようというくらい、千差万別でなくてはならないのかもしれない。

だとしたら、雑に気が散った状態で、限られた数のアプローチしかできない場合ではなく、「なんとセンシティブに取り組まなくてはならないことか!!」となる。

吹く瞬間の欲求の質、その高さと細やかさと強さ。何より、

「今までにない」

と、新しいことをしようというくらいの新鮮さこそが、私たちの音を素晴らしいものに変えていくのだろう。

私たちは留まっていない。時間と共に変わりながら生きている。

理想は鮮度が命である。


川越へ。

posted by take at 21:24| 活動報告