2016年02月26日

夜中の価値


楽食で楽聖がスイミングな話題で盛り上がっている。

最近寝られないから昼間が眠い、という話がスターターだった。それから、何時に寝つき何時間寝るのかという話題で進むのだが、ある楽聖の発言で、僕の意識が昭和のあの頃へ跳ぶ瞬間が……


「12時(0時)からが楽しい」

たけ 「わかるよ。12時より前に寝ると、人生損してる気がするんでしょ」

「そーなんですよ。12時からが “自分の遊びの時間” て感覚なんです」

言ってること、ホントよくわかる。あの頃、ガッツリそうだったから。

もう寝なさい、寝なければならぬという親や学校、社会からの圧力は、イコール“一人で部屋に籠り出てこなくてよい、何もせず寝るだけでいい” ということであり、これこそが子供から若い世代にとって

『究極の自分の時間』

なのであろう。自分で、好きなことに自由に時間が使える。本当は寝た方が良いことは頭のどこかでわかっており、自分の意思と判断で、少々イカンことをしている。このプチ罪悪感が、またマイ・ミッドナイトをより魅惑的なものにしていく。やっぱり人は、少なからずイカンことをしたがる本能がある。

ただし、部屋の中で独りでとなるので、意外にやることは限られる。今ならインターネットやSNS、多種ゲームもあるので、やろうと思えばいくらでも睡眠時間を削ることができる。


昭和のあの頃、僕のパターンで言えば、中坊の頃はとにかく深夜放送だった。

あ、ラジオね。

『ヤングタウン』と『ヤングリクエスト』、つまり、『ヤンタン』と『ヤンリク』をハシゴするのだ。ネットサーフィンならぬ、レィディオサーフィン!!

布団に入ったまま、枕元のラジカセを楽しむ。邦楽洋楽問わず、興味のあるものはカセットに録り、テープが伸び音が歪むまで、巻き戻し巻き戻し聴ききる。平成の現代では無いものばかり。カセット、録る、伸びる、歪む、巻き戻し……

高校生になると、レコードばかり聴いていた気がする。ヘッドホンも使ったが、シンフォニーを夜中にどこまで大音量でかけて大丈夫か(これまた反社会的、反家庭的でイカンこと)をやり、よく怒られていた。

もう2時なのに、やっぱりもう一曲聴きたくて……シンフォニーが。で、「一楽章だけ」 と聴き始め結局最後まで聴いて、みたいな。で、もう一回聴きたいのをあきらめかけて……フィナーレのカッコいいとこに針を落とし、やっぱり最後まで聴いて。で、さすがにあきらめて寝る。

大学生になると、飲んでばかりいたので、0時は酔っぱらっており、1時は騒いでおり、2時はヘベレケであり、3時は泥酔で、エブリナイト就寝時刻未確認状態だった。未確認酒好人体だった。


あの頃の僕も今の楽聖も信じられないかもしれないが、現在の僕は出来る限り12時より前に寝たい。そしてたっぷり寝たい。寝る間を惜しみたくない。12時からに特別な遊びはなく、夢を見ようが見なかろうが、布団の中でただただ横になりスイミングしたい。

そう言うと、つまらない人生になったんですねと思われるかもしれない。


実はそうではない。真面目になったわけでも、イカンことをしなくなったわけでもない。

今の僕には、その時間に寝て、快復し、万全な身体でいることが大切なのです。なぜなら、起きている時間が全て、


自分だけの遊びの時間


だからです。それは部屋に籠るものではなく、社会という広いフィールドに飛び出して、あらゆることを楽しむ時間。

希望も入ってますし、前向き過ぎて少々気持ち悪い言い方ですが、でも大人ってそんな感じです。


川越へ。レッスン。ジパング。

posted by take at 13:33| 活動報告