2023年09月10日

甘く考える


ジャニーズ事務所の記者会見の話題で連日様々な意見が飛び交っている。

4時間以上と驚くほど長い時間、登壇者たちはかなり真摯に答えたようだが、それでも彼らに対する厳しい意見は多く、また質問側の記者たちを誹謗するものも多い。

数十年に渡って繰り返された個人の欲望を満たす犯罪、それを黙認してしまった環境、社会、長きに渡り憤懣遺る方無かった被害者たち。その積もりに積もった残念が、ここへきて答え探しのように噴出しているが、目の当たりにすればするほど「時代」と「何故だろう?」が僕には浮かび上がってくる。

正直言うと、昭和から平成への自分、若かった自分にも、ここまでではないが愚行があり、被害者になったこともある。そして黙認体質もあった。いや、今でもあるのかもしれない。


その根本にあるのは「甘く考えている」ではないかと思う。


不倫やハラスメントに代表される人類に蔓延する愚行。

実は当事者は「ダメなことをしている」というのはわかっている。しかし「まあ、大丈夫だろう」「バレてやばいことにはならないだろう」と未来を甘く見積もっている。

またそれを黙認している人も「本当は責めるべき」とわかっている。しかし被害者を憂うより「他人事」であり、なんなら「自分もだから責められない」なんて人もいるかもしれない。

ただこの人たちが本当にわかってないのは、

「ゆくゆくは許されない、とても危険な結果になる可能性をはらんでいる」

ということ。だから「決して甘く見てはいけない」ということではないだろうか。


何せ世界は、人間だからこそ多数が陥ってしまう「らしい愚かさ」に対し、ひとつずつ更生させていっている歴史を辿っている。

昔はオッケー(見逃してくれた)だったことが、世代が変わるとNGになるということを繰り返しながら、自浄作用のように変化していっている。

もちろん世知辛くなっている空気感はあるが、誰かの犠牲の上にある幸せや快楽ではなく、真っ当で正当的なものへと、ある意味勇気を振り絞って変わっていっているようだ。

もちろん都合の悪い人類もいるが、結局ねじ伏せられていくのは彼らの方になる。新しい世代は、疑問を持たずに新しい価値観で当たり前のように過去こそを責める。これまた人間の体質。


そしてこのジャニーズの問題と向き合う日本人のように、大きく穴に落ちてしまう私たちに内在している一番の病原菌は

「甘く見る」「甘く判断をする」

という資質なのだと思う。


人間には、甘く見て良いことと、やっぱりダメなことがあるのだろう。その見極めは、本当に素直になれば自動的にわかるようになっている。

判断を間違わないことだ。

posted by take at 08:52| 活動報告