2023年08月16日

楽聖たちの笑顔


合宿に来ると、とにかく楽聖達が普段の何倍も楽しそうにはしゃいでいるように見える。

それを見るのが、とにかく幸せだ。

大学生活の日常も、もっともっと楽しくなるといいのに。


そうは言ってもコロナの渦中を過ぎ、最近は大学構内でも彼らオリジナルでいくつか遊んでいるようだ。

更にトロンボーンを駆使してどんどん遊んでほしいとも思う。

そうしてるうちに、異様に上手くならないかなあ。

posted by take at 17:08| 活動報告

2023年08月15日

脱欲


自分が住んでいる家、その空間の価値もだが、今できていること、なんなら若い頃はできておらず「そうなるといいなあ」と思って叶ったこと等、それらが日常の「当然」になってしまってたなら、私たちは当たり前のように慣れてしまい、どんなに素晴らしくて幸せなことなのかを感じずに生きてしまう。

もったいなー。

そして、それを失ってしまってから気づくのだろう。


しかし、この日常のあれやこれやが本当に貴重で幸せなことなのだと心底思いながら生きれたなら、それはそれはどんなに幸福な人生だろう。

もっともっとではなく、これこそが最高!と思いながら暮らせたなら、不満や辛さなんて訪れるはずがない。

そう考えると、一体自分はどこまで欲深く身の程知らずなんだい?と問うてもしまう。

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2023年08月14日

我が家を思う


僕は2000年に品川に戸建てを買いました。

それから23年が経ち初めてリフォームを敢行しているのですが、その計画が頭の中でも始まってからは、完成が楽しみであると同時に、不思議な気持ちに包まれています。

特にリビングがそうなのですが、もうそこで生活するのが当たり前になって久しく、その空間の特徴や魅力についてほとんど意識することが無くなっていたのです。

今回三階のふた部屋を一部屋にすることを中心に、外壁や屋根、ベランダまでやっているのですが、その計画を図面と共に施工会社と話しながら、自分が暮らしてきた空間に対する愛おしさが増しています。

もちろんもっと広かったらとか、もっとこういう間取りだったら、マンションみたいに高級だったらと贅沢な欲求はありますが、それは言うだけ身の程知らずの我が儘なので、それよりは

「思ったより広く、快適な空間で暮らせてきたんじゃないか。なんでこの家に対して、喜びや誇りが無くなっていたのだろう」

と。

一度そう思ったら、これから最後までは、この家が大好きな我が家として暮らせていけそうです。

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2023年08月13日

優先順位


私たちの人生の時間は「選択をし続ける時間」でもある。

考えてみると、重要なものから瑣末なものまで、のべつまくなしに選択の機会が訪れている。いったい一日にいくつの選択をしているのだろう?物凄い数だ。


その選択だが、特徴はいくつかに分かれている。たとえばABの2択だとして

絶対Aでなければならないこと。

できればAにした方がいいこと。

どちらでもいい、特に問題にはならないこと。

どちらでもいいなら自分の好きにすればいいのだが、答えがあることなら、それを選べているかそれ以外を選んでしまっているかで、その後の時間のテイストは変わってくる。


もしそうあるべきことが選べない場合も、それはそれでいくつかの理由がある。

頭ではわかっていても、それはどうしてもやりたくない

今は違うことがしたい、先送りでもいいのでは?

そっちだと思うのだが、こっちにしても悪くないのでは?


選択肢がひとつしかないなら悩まなくてすむが、そうではない場合が大半。


そんな時、本当は優先順位で選べば良いのではないだろうか。

とにかく一番優先すべきことを選ぶ。

優先するのが自分であるべきか自分以外であるべきかも、実はよく考えればわかってくる。


私たちはこの「優先順位で選べてない」時に、基本間違った選択をしているのではないだろうか。

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2023年08月12日

音域ムラ


音域は広くカバーして吹けるべき。

というか広い音域が同クオリティで吹けるかどうかは、スキルをはかる目安の代表格。

しかし練習パターンをよく考察すると、吹きやすい中音域辺りをトレーニングするものが圧倒的に多い。

たとえばリップスラーで高音域へ辿りつくものでも、高い方を行ったり来たりというより、中音域や低音域から上がり少しだけなめるようなものが多い。

低音域のリップスラーとなると、高音域より圧倒的にパターンが少ない。「そこはバストロがやる音域」と決めつけている人も多いのかもしれない。

もちろん「楽に吹ける中音域のように上下も」という価値観は間違っていない。

だからといって、練習の配分として差があるのはどうも疑問だ。

確かに高い方を吹きすぎるとバテるのは早い。低い方を吹きすぎるとアパチュアが広がっていき音が変になるかもと思ってしまう。

しかしそれを克服するためにも、練習頻度としても音域ムラは少ない方がいいのだと思う。

posted by take at 21:31| 活動報告