2023年03月06日

大学でも


大学での教育も、なんとかして既成概念から解き放たれて、驚くほど効果のある内容を確立してみたい。

そこにも新しさと追われる感じが欲しい。

ここでのキーワードは「プログラミング」と「新しい道具」だと思う。

やはり録画はもっと駆使してみたいし、プログラムも凝縮した幕の内を手に入れたい。



posted by take at 18:42| 活動報告

2023年03月05日

新しいに追われて


学生に限らず自分もですが、多少しんどくても

「新しいことに追われていた方がいい」

新しいパターンが定期的に訪れ、それが多少ハードでも、そのことに追われて、繰り返し頑張っているうちに気がついたら新しいことが自分に宿っている。

そうなった方がいいと思うのです。


内容的に充実したルーティンを日々積み重ねはことは、もちろん大事だし素晴らしい。

同時にそれとはまた違う「意外な」パターン。意外だけどなんか良さそうな。ただそれは求めてないと出会えないものだったりする。

それを探し求め、そしてチャレンジするような難易度へと向かっていく。

キーワードは「新しい」と「追われる」。

posted by take at 18:38| 活動報告

2023年03月04日

反省と後悔


反省と後悔は違う。

自分にとって良くないことが起こった後の時間に訪れることという共通点はあるが、意味は違う。

いくつかのパターン‥‥


後悔するようなことがあり反省をする。

反省はするが、後悔はしない。

後悔するようなことをしても、反省しない。

反省すべきことなのに、反省しないし「後悔もしてない」と開き直る。

などなど。


ここ最近

「反省はすべきだが後悔はしてはならない」

と考えています。

失敗したならちゃんと反省する。

しかし後悔するようなことはしてはならないと。

なんだか一緒になりがちなこれは、実は価値としては分けて考えるべきだろうと。

posted by take at 18:02| 活動報告

2023年03月03日

演奏家は見た目が大事


最近よくそう思います。

これはイケメン美女じゃなければなんて陳腐な話ではなく、演奏フォルムが「らしく」なければならないと。

このらしくというのにはふたつある。

ひとつ目は「譜面台の前にて演奏している、楽器を持って動かしている姿そのもの」

楽器との位置関係や動かし方、身体全体のフォルムが「その楽器らしい自然」に映ること。譜面台や譜面との位置関係も、不自然にガン見しているように映らないビジュアルで。


もうひとつは「曲の場面、そのニュアンスに相応しく」

ゆったりと美しい曲調なのに、妙にしかめっ面だったり苦しそうだったり、せかせか忙しそうだったり。激しくカッコいい場面なのに、妙に冷めて見えたりモタモタして見えたりというのは、実は見てる側に違和感が残るもの。

各々フォルムにも個性があることは受け入れた上で、演奏家たるもの少しは意識すべきことだと思う。

とにかく「自分は不自然でないか?」「見た目もらしくあるべき」と。

posted by take at 12:44| 活動報告

2023年03月02日

一番聴きたいもの その2


だからといって「ミスがあってもいい」「ちゃんとしてなくてもいい」とはどうしても言えない。

同時に、演奏家がひとつのミスで自分の出来を過小評価したり、なんなら人生の時間、記憶と共に引きずったりするのに比して、聴衆がそのことこそを記憶していたり、それのせいで演奏全体が不満だとの評価が残ってしまうことはまずないだろう。(もちろん程度問題で、ミスだらけなら残る可能性もある)
やはりわかっておくべきことは「本当になければならない要素、必要なこと」だ。

「演奏家が情熱的に取り組んでいる」あたりは答えっぽいが、やはり趣味趣向も絡んできて万全ではない感が一番とは言えないのかもしれない。


今の段階で僕が思う一番は

「その音楽のテイストが出し切れた演奏」

ではないかと思う。

カッコいい曲なら文句なしにカッコよく聴こえる。美しい曲なら極めて美しく。心に染みる場面なら、本当にググクッと染みてくるように。そんなある意味単純な価値観。

カッコいい曲がノーミスで完璧だけど、さほどカッコよく聞こえないとしたら、主眼のズレが生む失敗ではないだろうか。


演奏家は、とにかくこのことを一番意識してやるべきなのではないだろうか。

posted by take at 12:25| 活動報告