2023年01月11日

もっとバランスではなく


「バランスを崩すほど突き進んでしまう」というのは、止められない欲求の産物みたいに感じる。

特に若い世代がそうなりがちと決めつけて、社会は押さえつけるようにバランスを要求する。


ただどうだろう?


本当のバランスは崩した後の反省からしか生まれないとしたら、もっともっと崩れたことを容認する、というか「崩れるほどやってごらん」と推奨するくらいがいいのかもしれない。

もっと大きく!!

もっと小さく!!

もっと速く!!

もっと遅く!!

もっと楽譜通りではなく!!

posted by take at 07:44| 活動報告

2023年01月10日

成長のみを


「今が一番若い、これからの人生の中で」という言い方がある。


「今が一番上手い、これまでの人生の中で」といきたい。


近い世代との会話の中に「衰え」というワードは散見するようになって久しいが、とにかくメンタル的には無関心でいることだと思う。

楽器自体のポテンシャル、そして音楽表現の無限とも言える広がりを信じて、成長だけを見つめて生きていきたい。


posted by take at 07:36| 活動報告

2023年01月09日

良く映りたい


先生は生徒がいて初めて先生、生徒は先生がいて初めて生徒。つまりひとりで先生や生徒がやれるわけではなく、相対する人がいて、初めてその存在が成立する。

生徒として良い先生を求めるのはわかるし、先生が良い生徒を求めるのも自然。

同時に相手に対して自分がどうありたいかという気持ちも、人によってだが実はあったりする。

「実は」というのは、普段そこはあまりピックアップして考えることも少ないだろうから。


考えよう。


日本の場合、生徒の方が先生に対して「良い生徒でありたい」と思う気持ちで接するのはありがちだと思う。基本礼儀正しいのも、そうしなければならないと教育されているだけでなく、良い生徒に映りたいからというのはあると思う。裏表人間に映るとアウトだが。

コミュニケーション上の表現ももちろん大事だが「教育内容に対して充分成長が見られる人こそを良い生徒と思う」というのが本質としてありたい。もちろん成果に乏しい生徒を良くない生徒と思うのは間違いだというのも当然だとして。


逆に「生徒に対し良い先生でありたい」という意識は、実は大半の教師が持っていると思う。(中には無関心な人もいるだろうが)

もちろん「良く伝わり良く成長に繋がる教育ができる教師」として、良い先生でありたいと思うのがこれまた本筋だが、ハラスメントが横行、なんなら賛美された時代を辿ってきた日本の教育界としては、これからの時代、コミュニケーション上でも

「生徒に良い先生と思われたい」

という気持ちを宿すのは、僕は必要なことだと思う。

そんなんどうでもいいんだ。嫌われてもいいから成果を上げることのほうが大事だ。そんな生徒に媚びを売るような感覚は良くない!!

とは、到底思えないのです。

媚びを売るなんてのではなく、年長者としても(年上の生徒もいたりしますが)大人としても恥ずかしくなく、なんなら模範になれるよう意識するという当たり前の意味で。


人が開き直ってもいい場面というのは、意外に限られているのだと思う。

実は、先生は生徒の前では極めて開き直ってはならない存在。良い先生に映るよう、意識と努力は必要でしょう。

posted by take at 20:29| 活動報告

2023年01月08日

自分で老いる


「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う」(サミュエル・ウルマン)


これはそのまま老いを語ることもできる。

「老いたとは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う」

見た目は老いではなく、ただの「変化」。この変化は生まれて直ぐから続くことの延長なだけ。

「老いた」と定めるのは、実は自分の心だろう。

日本には「もう年ですから」と自らを自虐謙遜風に表現する美徳がある。年齢を重ねても元気なことは素敵だが、「自分は若いのに」ということを言葉として発するのははばかられる。ただ言葉にしなくても、老いを意識しないで生きることは、自分の心が「老いた」と定めていないことの証明になる。

もちろん年長者が減っていき、周りが若い世代ばかりになったり、体力面でキツくなったりと、自然に加齢を感じる状況は、誰にもやってくる。

それでも「老いた」と定めないことはとても大事な気がする。若者ぶるというわけでもなく、ただ意識しないということ。

なぜなら自分の心次第のことなのに、一度そう思ってしまったら、本当に一気に老いてしまうのだろうから。

posted by take at 18:06| 活動報告

2023年01月07日

白菜な儚さ


最近白菜に恋している。

もちろん前から好きではあったが、ここ最近の彼女(彼?)は特に素敵に感じてしまう。髪型変えた?


火が通った葉物としてはキャベツが若き頃から好きで、たとえばホイコーローラブ(回鍋肉恋)なのは豚肉も大事だが、キャベツの味噌炒めでもいいくらい趣向が集中。

そこに白菜への思いがふっと被さってきた。


白菜独特のえぐみというか、苦いわけではないんだけどありますよね。その味がたまらん。

更に、火の通り具合で食感が変わる一期一会的要素も加わり、最後には溶けて固形としてはいなくなってしまうという儚さまで、なんだか恋物語の映画一本撮れそうなキャラクターがたまりません。

なぜ今まで、ただの隣人だったんだろう‥‥

髪型変えた?

posted by take at 10:26| 活動報告