2023年01月16日

情熱というやる気


やっぱり最後は情熱だなあと。


しかし小学生(456年生)たち対象のワークショップ時、質問の答えとしては、やはり4年生の子はポカンとしているので

「そうだね、情熱ってよくわかんないよね。情熱っていうのは‥‥やる気のこと。やっぱり最後はやりたーいってやる気が湧いてくるかどうかが大事なんだよ」


情熱って言葉は、基本良いものとしてポジティブに受け止められている。ただこのやる気も、精度とも言える量で計れる気がします。情熱の量が多い少ないと。

そして何をやるにも情熱は必要だろうと。

たとえ恋愛をするのにも。

恋ひとつも、恋心が湧くまでは自然発生だとしても、それを成就からの付き合いへともっていくなら、大量の情熱が燃料として内在しないと無理だろう。「好きだけど‥ま、いいや」みたいな。

食事もお喋りも、お風呂も掃除も、通勤も仕事も、とにかくあらゆることに情熱は必要だ。

人生生ききるための燃料だろうから。

そして、なんて素敵な燃料なんだらうとも思わされる!

posted by take at 18:55| 活動報告

2023年01月15日

退苦痛か喜びか その2


楽聖たちには、聞き手の印象としてどちらなのか?と問うてみたのですが、それはそのまま「演奏している自分にとって、我が音がどちらか?」、それを測るものだとなる。

うっとりと酔えたりなんだかワクワクするような興奮が無いなら、それは退屈だ!と決めてかかろう、さあどうだ?と。

長いトロンボーン人生、その毎日の音出しの中で、自分が求めているのはまさにそれであり、そして難易度が高く、飽きてしまうような足踏み状態に感じることが多いのも確か。


そうではあっても止めずにここまでこれた一番の理由は、

いっときも多く、なんなら常に自分の音にうっとりしたいし、ワクワクしたいから。それが飽きるなんてもんじゃない勢いで、吹く度に訪れることを願って。

飽きるもだが、退苦痛なんかもってのほかだ!!

posted by take at 18:20| 活動報告

2023年01月14日

退苦痛か喜びか


退屈は「退苦痛」だろう。好んで「退屈になりたい」と願う人はいないと思う。

僕自身、暇を通り越して退屈な時間になってしまうと、本当に「人生の無駄遣い」を感じてしまう。それもあり、スケジュールを詰め気味のワーカーホリックテイストになるのでしょう。


ふと恐ろしいことを書いてしまいますが、演奏を聞く時間が退屈に感じること‥‥ありますよね。

それでもそこに座ってなければならず「早く終わらないかなあ」なんて思いながら。

そう、演奏も「音の喜び」をもってしても、そのニュアンス、並べ方、組み合わせ方で、退屈にしかならないことはあります。

逆に、物凄い喜びが得られることも。

「この二択で自分の音を測ってみよう」と楽聖に投げました。

今吹いている音は、退屈か?喜びか?

美しいならそれだけで価値はある。同時に美しいだけが並ぶと、飽きるからの退屈になり得る。

じゃあどんなニュアンスになっているものから、酔ったりワクワクしたりできるのか?

とにかく余計な項目はなく二択。退屈かワクワク酔えるか。

posted by take at 18:08| 活動報告

2023年01月13日

錦恋


錦鯉の漫才がとても好きです。とにかく無条件に笑えるし、お二人のキャラの大ファン。

ただ冷静に見てみると、危ういテイストでもある。

まず世界的にはあり得ないくらいNGであり現代日本でも嫌悪されがちな「超どつき系」。二郎系もびっくりな濃厚テイストで、渡辺さんはノリノリまさのりさんの後頭部をこれでもかとはたく。スキンヘッドは見事な打楽器と化し、とてもいい音がし面白いのだが、コレさすがにコンプラ大丈夫か?とドキドキもする。

更にネタのテイストとしても、大バカをこれでもかとバカにするというもの。大の大人が、ものすごく頭悪そうなのを表現していると、やはりドキドキしてくるし、よく聞くと渡辺さんのツッコミもオマエ呼ばわりからの、120パーバカにしきった罵り系。

そんな危なかしさを感じながらも好きになってしまうのは、とにかく僕が子供の頃から好きだった「単純な笑い」だからだし、それが絶妙かつ見事に計算されているから。

まさのりさんの動き、顔(特に目)はとにもかくにも超絶濃厚な面白さ。しかも本人は自虐キャラでええかっこする気がほぼなく、吹っ切れバカを全力でやってくれるので、微妙なのを見た時こちらが気を遣うみたいなのが無くて済む。

渡辺さんも遠慮も躊躇もないので、見てる側の言いたいこと、やりたいことをやってくれてる感じで爽快感がある。

間合いは絶妙で、まさのりさんが時々止まる時間も、次に何を言うのかを楽しく待てるテイスト。

そして僕がなにより特筆したいのは、エンディング。

長い間ずっと不思議なことのひとつ。漫才のエンディングのほとんどは、なぜだかつまらないトークで締めたりする。そこまでめちゃくちゃ面白く盛り上がっていても、最後は「え?それ?」という、呆気に取られるくらい面白くもなんともないのが多い。

ところが錦鯉は違う。

最後の最後まで笑いの手綱は緩まない。それどころかかなり可笑しいネタで爆笑の中、渡辺さんの「どうも、、ありがとうございました」と、真面目テイストななロートーンボイスで終わるのも、とにかく趣味の良さを感じる。


ノリノリまさのりさん。50はまだ若者だぜ!コレからも渡辺さんと二人、長く笑かしてくださいね!

posted by take at 17:47| 活動報告

2023年01月12日

あらゆるテンションで


YouTubeの動画、どうやったらバズるものが撮れるのでしょうか?という質問に答えるのをやっている。

その人の動画を観ると、やろうとしていること、狙っていることはわかるのだが、客観的には「これはイマイチだな」と。


とある答え。

「凄く考えて渾身の作として作り上げたものよりも、意外に何気なく投稿したものが大当たりしたりする」と。

わかる気がします。

この拙ブログでも、僕的には渾身系力投とも言える文章でも、家人「そうねー、いいんじゃない」だったりするし、適当な気分で「餃子のタレは、各々が自分で作った方がいいみたいだ」というのが、共感からの飲み会ドッカン!だったりする。

笑いのツボもだが、難しいもんです。

力んだり脱力したり、深く悩んだり何にも考えなかったり。

とにかくいろんな状態が必要なようです。

posted by take at 08:06| 活動報告