2022年10月24日

何をどれくらい聞いているのか その1


練習録音や演奏録音を聴いて「自分のつもり」と現実のギャップに落胆すること、誰しもが経験していると思います。

ただ「自分のつもり」が、実は曖昧で確信ではなく取り組んでいることは多く、じゃあ何に落胆しているかと言えば、自分の頭の中にある「いい演奏」との距離だったりする。

これを繰り返しているだけでは、実は録音して聴くことの効果は薄い。

そのうち慣れてきて「やっぱりダメか」との諦め始めたりまでする。

やはり「自分のつもり」を確固として持ち、それと比べられるようにならなければ、改善力は弱いとなる。


ふと思ったのですが、盲目のピアニストって何人かいらっしゃいますね。僕もコンチェルトの伴奏をしたり、コンサートを聴いたりしたことは何度かあります。

いつも「すごいなあ」と思いながら見つめているのですが、彼らはこの録音ギャップは極めて少ないのではないでしょうか。

なぜなら「目から入る情報は一切無い」ということに関しては、練習中も本番中も録音中も、それを聴いている時も同じだから。

もちろんピアノの前に座っていることと録音機の前で聴いているという距離感の差はあるし、弾いていることも確かだが、それと演奏を聴くこと以外の余計なことは普段から無いわけで、耳と腕だけが使えることになり、だからこそできる集中、見つめられる的確さがあるように思います。

盲目のトロンボーン奏者というのは、きっとどこかにはいらっしゃるのでしょうが、僕は存じ上げません。ただスライドを動かすことに関して、ピアノよりは全然楽なはず。普段から7つのポジションをガッツリ見つめて吹いているわけではないので。

ここに、私たちの現実の理解と、効果的なトレーニングへの指標が隠されている気がするのです。

posted by take at 15:39| 活動報告