2022年10月31日

B級駄洒落


とあるチューバ奏者の大学時代の話。

ある日、チューバ部屋へと向かうと、自分のソフトケースが廊下の手すりに干されていたそう。そのまま部屋に入ると物凄い日本酒臭が。

演奏会でもらった一升瓶を誰かが割ってしまい、楽譜はじめあらゆるものが酒漬けに。

「コップラッシュもロッシュも酒浸しになっちゃってまいりましたよ」

「それ、コップラッ酒にロッ酒になったってことね」

終わり

PS.トロンボーン部屋なら酒レックの譜面も危なかったね。

posted by take at 15:42| 活動報告

2022年10月30日

人生交響曲


若いとき、そして年齢を重ねたとき。

なぜ生き方の雰囲気が変わるのかというと、若いときには全く見えなかった「人生の一括り」が、とある年齢から見えてきて、その全体の流れに対してどう生きていくかを考えるようになるからだろう。

その一括りとは、

身体的には栄枯盛衰であり、経験することは波瀾万丈であり、頭的には積土成山(せきどせいざん)

とでも言おうか。


僕は音楽も、そんな一括りが見える作品が好きだ。

1人の人生(一曲)としては、1人らしい個性が欲しいし、そのあらゆる場面、若者が栄えながらも老いていくのだとしても、それぞれの場面がきちんと辻褄が合うように繋がっていたい。


シベリウスの音楽にはそれが強く感じられる。あらゆるフレーズが重なり合うように絡み合いながら進む場面は多いし、ときにはフレーズの最後の音が次のフレーズの頭の音として設定されている場面もある。

そして最後の交響曲では、ついに単一の楽章になり、人生のように一括りになってしまう。そこには栄枯盛衰も波瀾万丈も積土成山も表されながら、それでも完璧なひとつの辻褄として、コンパクトにすら感じられるように見事に塊きる。


若い頃には自分の人生がどうなってしまうのか、そもそも人間はどう生きてどう感じるのかは全くわかってなかった。

それでもシベリウスが少年の頃から好きだったのは、たとえこんな理屈から入ったのではないにしても、もしかしたら僕の直感が時空を超えたのかもしれない。

今になると、たとえ1番の交響曲でもとてもコンパクトな塊に感じることができ、その豊かな才能を存分に享受できる。

とても短く感じられるのは、ブルックナーの5番の後だからかもしれませんが‥‥

posted by take at 12:29| 活動報告

2022年10月29日

ぎんなんの詩


炒った銀杏をつまみに酒を飲むなんて、なんて素敵なんでしょう。


しかし‥‥


NHKホールへ向かう本番日、晴天の代々木公園は穴蔵へ籠る直前の心のオアシスであり、そんな素晴らしさ故に人もそれなりに多く、ようやく見つけた唯一空いているベンチに座り、鼻から空気を吸い込むと、身体中の細胞が喜んでいるのもわかり‥‥


プチランチにしよう


買ってきたコンビニおにぎりを剥き一口頬張る。特茶も流し込み大満足。都会の大人による至福の時間が流れる。


あー、大人のステキなリラクゼ‥ん⁈ なんだ、この、に、臭いは!


銀杏はぎんなんでも、この季節、木から落ちたやつのあのキョーリョクな臭いは、一瞬にして鼻を曲げ、おにぎりの味までよくわからなくなり

そのベンチでしか食べられない自分の運命を呪いながら(涙)


‥‥嗚呼、ホールに行くか

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2022年10月28日

正確な教育


ハロウィンに対する知識、そもそも認識に関してなんかでも、世代間ギャップは十分感じることができる。

「そのハロウィンってのは“いつなんだい?」

若い世代が考えていることが昭和世代、なんなら平成前半の世代にとっても、自分達と「かなり違う!」というのが、あちこちで露呈している。

ただそれは、かつてより若い世代の声を聞き、考えを汲み取ろうとするようになったからでもあり、昭和のあの時、年長者が僕らの本音を聞きにきたとしたら、今の若者とそんなに違うことは言わなかったのかもしれない。あの頃までずっと繰り返されていたように、黙って歴史と伝統にのっとって従順に従い、自分が歳を取ったら同じように振る舞うようになる、ただそうだっただけなのかもしれない。


なぜ若い世代の声を聞くような風潮になったのか?

もちろんメンタル的に病んでしまい引きこもったり不登校になったりが増えてきたため、その対応を理解するためというのはあるだろうが、同時に

「的確に、正確に教育がしたくなったから」

ではないだろうか。

圧力でなんとかしようとしても、実を伴わない無駄な結果になることも多い、たとえ結果が出たとしても副作用もある、という現実がどんどん理解できてきた。

若い人たちを尊重するようなアプローチをしたからといって、彼らが大人を馬鹿にしたり見下したりはしない。どちらかと言うと逆で、ゆっくりじわじわと「意味のある尊敬」が産まれていくのだろう。

年長者は敬わなければならないのに、頭ごなしで圧力ばかりかけられていると、上辺だけの敬意になっていくだろうから。

とにかく、無益な差別は無くして、そこから生まれてくる正確な教育こそが、これからのスタンダードになるべきなのだろう。

posted by take at 16:03| 活動報告

2022年10月27日

目を瞑るということ


目を瞑るといいのは、景色が暗闇のまま「変わらない」こと。

目を開けていると、景色の方に変化があるか、自分が見るところを変えてしまい、いとも簡単に変化が起こる。

その変化に対し、神経がどれくらい持っていかれているかは知る由もないが、少なくとも目を瞑ると何も変わらない。

何も動かないのだ。

目を瞑った瞬間は、まだ暗闇を見ようとする自分がいるが、間を持たず見ようとしなくなる。何も動かないし、変わらないから。

そうすると意識は移動し、違うことを始めようとするようにみえる。

posted by take at 18:30| 活動報告