僕が大学生として上京した1984年頃、東京で讃岐手打ちうどんの看板を出しているいくつかの店で食べてみたのですが、それは地元のものと驚くほど差がありました。
コシが強いというのをはき違えているのかゴムのように堅いものや、出汁も何の味なのかよくわからないようなものまで。とにかく料理として美味しくないものばかり。チェーン店はなく、みんな個人店だったが、どこで食べても全く冴えず、そのうち探すことをやめてしまいました。
しばらくして、恐るべき讃岐うどんで紹介された銀座の店、また県人会で話題になった小川町の店を訪ねるとかなりイケているうどんが食べられ、電車で通ったりもしました。
そして2001年、いきなり安価チェーン店「はなまるうどん」が登場。あまりピンとはこなかったが、それでもあちこちで安く気軽に食べられたので、そこそこ利用していた。
更にときは流れ、讃岐の人間は皆認めたくないがとにかく商売の上手い「丸亀製麺」が日本中を席巻し、更に世界にも進出。
最近は讃岐の名店も東京に出店し、行列ができている店が何軒もあったりする。
あの昭和の時代からすると、東京におけるうどん状況は、天国のようだとも言える。
それでも私たち讃岐人のみならず、あそこへ食べにいった人は皆同じように言う。
「本場は全然違うね」
店の数もだが、それぞれの大将のこだわりのうどんたちは、1日で何軒も廻りたくなる個性豊かな美味で、私たちを幸せにしてくれる。
東京では、全くその気にはならない。
ふと思う。
あらゆる名物が「地元でしか」でなくなりつつある現代だが、我らが讃岐うどんはこれから先10年後20年後、いや50年後も100年後も
「やっぱり讃岐で食べると全然違うね」
と言われていてほしい。
讃岐うどんこそ、いつまでもそんな謎めいた誇り高き名物であってほしいのです。