2022年05月24日
悠久の流れを刻む
人間は縛られた生活は窮屈に感じる。取り組む内容もだが、時間やスケジュールにおいても。
よって「休みになったら、ダラダラしゴロゴロ過ごす」という欲求を持っていたりする。
しかし実際にその日を迎え、縛りどころか計画も何も無しにゴロゴロダラダラすると、少しならいいのだろうが、比較的早いタイミングで退屈したりする。
時間の流れというのはどうやっても止まらない。止められる人はおらず、止まったためしもない。
そしてそのノンストップの時間に対し、人類は区切りを付けた。
1秒、1分、60分で1時間、24時間、30日や31日で1ヶ月、12ヶ月で一年、10年、100年で一世紀‥‥
その区切りの中で、ある意味規律という決め事と共に生きていくことを選択した。
北欧の島、白夜で数ヶ月陽が沈まないため「時間の概念で仕事などを設定するのをやめてほしい」と島民が嘆願したというニュースがあったが、おそらく寝たい時に寝て働きたい時に働くというのを完全にフリーにすると、ただ自堕落的に全てがダメになるだろうと想像できる。
つまり、決められた区切りが必要で、それを元に生きていく方が人間は幸せなのだとなる。
この区切りを、たとえ決められてしまっていることであっても、自分で自分流にコントロールしながら取り組むのが充実と満足、成果への道だと思う。
これはスケジュールもそうだが、演奏においても物凄く必要なこと。
つまり自分のビート、そしてそこから派生するリズムというものは、止まらない時間の中に溶けたように曖昧に存在するのではなく、はっきりと示し、自分の思い通りに刻むことこそが、自堕落的印象の演奏にならないポイントの最右翼。
自らが時をきちんと刻むことだ。
posted by take at 13:27| 活動報告