2022年05月07日

演奏家行ったり来たり


そら演奏はやる人の数だけ種類があるし、いい演奏も一種類じゃないし、人の趣味趣向で認めるものも変わってくるし‥


でも演奏家をやっていると「あれもこれもいいよね」とは、なかなか言いにくい本音がある。

自分としては、それが我がスタイルだとしてもその極まり、つまり「最も素晴らしいたったひとつの表現」を追い求めているわけだから。


そうなると、多くの人が良いと言っていても、

「う〜ん、そうかなあ〜」

と言いたくなる、なんなら言ってしまうこともある。

心の中のどこかで「これはこれで認める人いるよね。そりゃそうよね、魅力あるもんね」と思っていてもである。

同時にどこかにいちゃもんをつけたりしだすと「自分ちっちゃいなあ‥‥これはこれで魅力的なんだから、いいなぇって言っとけばいいのに」と、狭量な言動に凹んだりもします。

でもねえ‥‥

posted by take at 17:15| 活動報告

2022年05月06日

最高のパートナーではなく最高のペアに


とある大先輩は「楽器なんてなんでもいいんだよ」と言い放った。

「吉川、これちょっと吹いてみて」と楽器屋で言われて吹く。「どう?」と聞かれ「いいんじゃないですか」と答えると、「じゃあこれで」と大先輩の剪定品として認定になったことがある。

「楽器なんて‥」と同じ人の話。


かのモーリス・アンドレにも「30分吹けば、どんな楽器も自分の音になるから」と、なんでもいいよタイプの発言があるよう。


それが真実、実はそれが名手なんだろうなあと思いつつも、出会いを求め楽器やマウスピースを探し続ける人もいる。

ただいつも思うのは「出会えた!」と思ってもそこが全てのスタートであり、自分と道具の両方で変化しながら最高のペアを目指していくもの。


「吉川さんの楽器、僕のよりものすごく吹きやすいです」と言われたこともあるが、その人の楽器も決して悪くなかった。


もう一つの真理として、ミシェル・ベッケさん所有の楽器を上手くない人が吹いてもいい音は出ないし、その楽器以外の大半の楽器どれでも、ベッケさんが吹くと誰よりもいい音が出るでしょう。


今目の前にある道具で、スタートしてから自分がどれだけ変われる能力があるかにつきますね。

最高のパートナーがいるのではなく、自分の力で最高のペアになれるかどうかだと思います。




posted by take at 17:02| 活動報告

2022年05月05日

新緑


僕の中の「金色」に対する美意識の扉はまだ開いてないようだ。

もちろん輝かしく美しいとは思うが「金色の輝きに惹かれてやまない」という人よりは、クールかつドライに見つめている。


それよりも新緑の黄緑色のなんと美しいことか!!

陽の光を浴びて輝く葉の虜になるといえば黄色輝く銀杏の美しさだが、今がまさにその時である新緑の葉たちの生命力と若さ溢れる黄緑、太陽を一身に浴びながら風になびくその色たちが、僕にはあまりに美しく素敵に見える。

日本人は外国人と比べ、緑色の種類の識別に長けていると何かで読んだことがある。

緑は元々最も好きな色だが、この春は特に新緑から大きな喜びをもらっている。


年をとったといえばそれまでだが、若者がこの葉たちを前に関心を持たずに通り過ぎていくのだとしたら、僕は今の年齢こそを選びたい。


宝物は身近にあったということだ。

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2022年05月04日

演奏って!


じゃあなぜ楽譜の通りに演奏できるように求められ、そうできるようにトレーニングするのか。

それは、自分が本当に思うがままに自由に演奏したものが、本当に素晴らし表現として受け入れられるようになるため。

楽譜通り、正確に演奏できるようになり、そう表現した人間だけが知ることのできる素晴らしさを知った上で、初めてできるのが、本物の自由だから。

そういう意味で、自由にやれば良いというわけではないとなる。


でも、楽譜から離れられず、自由になれないのも考えものだ。

それは自立できていない演奏家であり「あんたでなくてもいい」と言われてしまうから。

そういう意味で、楽譜通り正確にやっていればいいというわけではないとなる。

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2022年05月03日

‥演奏って


演奏って‥‥


自由にやればいいっちゅうもんじゃない。



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