2022年04月21日

優しさはどうでもいい


教師を「優しさ」で評価しようとするのは間違いだ。

学ぶ者にとって、必要な教師の資質として「優しいこと」というのは条件にならない。

よくされがちだが、優しいか優しくないかで教師の良し悪しを語ろうとすること自体が、無意味だと思う。


生徒に必要なことは「学ぶこと」であり「成長すること」。それが達成されるパターンとしての共通項は、あくまで「導けるよう的確に示せたか」であり、あらゆる内面のあらゆる生徒に対し、クリアーなものが放てるかだ。

もちろん、生徒の気質に合わせて表現の仕方を変えなければならない場面も多い。昭和の教育と違って、上意下達でそれを「受け止め理解しろ」だけでは成り立たない。

しかし「優しく接してくれなければ理解できません」ということがあったとして、それに優しさで対応すれば解決するのかと言えば、全くそうではないだろう。


生徒は、目の前の教師が投げてくる内容と共に、潜在的に「人間性」を見つめ、そして「生き様」を感じようとする。

演奏にも教育にも情熱は必須であり、それが滲み出るように見え、示されるものがクリアーであれば、その条件こそが生徒にとっての成果に繋がる。


優しいかどうかは、全くもってどうでもいい。

それは生徒にとっての問題ではなく、その教師自身の人生における問題だ。

posted by take at 09:37| 活動報告