2022年04月09日

思い


そりゃテクニックがあるにこしたことはない。

しかし

「最後はやっぱりテクニックじゃないなあ」

と思わされるマエストロ・エッシェンバッハとの共演が、コロナ禍のトンネルからの久々なる陽光のように感じられる。

というのは、やはり世界中で言われているように決してわかりやすい棒ではなく、それどころか見るとわからなくなる時も多く‥‥


なのに、出てくる音楽のなんと瑞々しく美しいことか。


彼の頭の中にある憧れを、存在だけでオーケストラに伝えようとしていると言えばさすがに言い過ぎだが、腕はニュアンス重視だったり、時にはほったらかしだったりなわけで、こちらがあてにしすぎると痛い目に遭う。

それでも「感じよう、感じたい」と強く思わされるそのノリと世界観が、オケマンたちのイメージに対する積極性に繋がりまくるわけで、そうなると、テクニックではなく、彼の憧れに対するリスペクトだなあと。


最後はやっぱりそれ。


だから「我が思いが鍛えられていく」方が、テクニックを磨くことより、結局素晴らしいのでしょうね。

技術は思いを超えられない。

思いが世界を変えていくんですわ。

posted by take at 18:42| 活動報告