2022年04月25日

日本の昼下がり


お酒が自由に飲めたのがある年禁止に、そんな学園祭の過渡期。

まだまだグレーゾーンが幅をきかしていた時代ということもあり、裏でアルコールが出回っていた。

販売族は実行委員会から目をつけられ、ブラックリスト入り。実行委員テントの目の前での強制出店となり、間をおかずしてクリーンになってしまったのですが


店は普通の焼き鳥店だが、裏メニューでアルコールが売られており、お酒好きな教授たちもそれを利用という、なんともゆるゆるな時代でもあった。

そのときのやりとりとしては

「あのう‥‥あるって聞いてきたんですけど」

「‥‥ありますよ」

「な、何があります」

「そうですね。

まず大人の麦茶ですね。で、大人のぶどうジュース。これ、赤ぶどう白ぶどうあります。あと日本の名水もあります。名水はあったかくした日本の名湯もできます」

「あの、芋‥‥」

「ありますよ!どのようにしましょうか?氷?水?焼き鳥とセットにしますか?」



家人と「お茶しよう」とお洒落なカフェに。天気が良く気持ちいいので、テラスでと。

なににしようかな?オレンジケーキと、アイスティーかなあ‥

「わたし、恵比寿ビールにする」

「えっ⁈あるの?‥‥ほんとだ。じゃあ僕もビールとケーキだな。へんな取り合わせだけど」

まったりとした時間が流れる昼下がり、合法的に美味しいビールを飲みながら、ふと20年近く前の学園祭が頭をよぎるのでした。

posted by take at 09:48| 活動報告

2022年04月24日

本物の音


最近「本物の音」というワードが、頭にずっと引っかかっている。

ある名手と、若い世代のことを話しているときに聞けた

「いい音なんだけど、本物の音じゃないとオーディションはね‥」

というコメントが、残っているのです。


そうだよなあ。

一線で求められる音って、やっぱり音の立派さ、響きやレンジ、魅力がある点に到達してないとダメだしなあ。

そこそこいい音はあちこちにある時代だから。

それを「本物の音」と表現したのが、僕の中で必要なワードとして今後の分岐点になるような出会いだったのかもしれない。

学生たちを卒業までになんとか「本物の音」に到達、もしくはできるべき道筋へと導くことが、何よりの目標になりつつあるからです。

posted by take at 09:16| 活動報告

2022年04月23日

すいしんぼ


「寝ても寝ても眠たい。春だからかなあ‥‥(( _ _ ))..zzzZZ」

寝ながら家人がつぶやく。

「そうじゃなぁい」

僕は春らしく適当に答える。


ふと‥‥

「食べても食べても食べたい、春だからかなあ」は、食いしんぼ。

「美味しいもの食べても美味しいもの食べても美味しいもの食べたい、春だからかなあ」は、美味しんぼ。

「話しても話しても話したい、春だからかなあ」は、話しんぼ。

「タバコ、吸っても吸っても吸いたい、春だからかなあ」は吸いしんぼ。

「我慢しても我慢しても我慢したい、春だからかなあ」は、辛抱。

「なんとかなると思っていれば、なんとかなってくる。世の中、なんとかなるだろう思っているのが一番強い」は、南伸坊。

「成績だ、成績だ、シノゴの言わずに成績だ」は、通信簿。

「ラブ注入してもラブ注入してもラブ注入したい、春だからかなあ」は、楽しんご。


そして

春眠暁を覚えずとにかく睡眠ということは「すいしんぼ」ということか

と、よぎりました。

お粗末さまでした。

posted by take at 07:52| 活動報告

2022年04月22日

人生ノリノリ


皆さんは「ノリがいい」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?

どちらかといえばアクティブで、動的な印象じゃないでしょうか。

僕は「ノリ」という言葉は24時間あらゆる場面に当てはまると感じています。静的な時も。

そして全ての時間、ノリよく生きられることが素晴らしいと。


たとえば、眠る時間にもノリがあると思っています。「ノリ良く眠る」みたいな。

わかりにくいなら逆説的に考えてみます。

寝ている時間のノリが悪いというと「寝付けない」「眠りが浅い」「何度も目が覚める」みたいな。

逆にノリ良く眠るというのは「眠くなったら間をおかずして眠りに入り」「レム睡眠からスムーズに深く」「夜中目覚めることなく」「疲れが取れた状態ですっきりと寝覚め」のようなもの。

このように「ノリよく歯磨き」「ノリよく食事」「ノリよく移動」「ノリよくトイレ」「ノリよくお風呂」みたいに、演奏や会話、宴会のようにノリを感じやすい時間以外にも、いいノリ、悪いノリがあるように感じているのです。


そして人生のそんな時間、全てがノリノリで生きていければ、本当に素晴らしいなあと。

恋愛もノリノリ結婚生活もノリノリ!ノリノリで年を取り、ノリノリでこの世を去る。もちろん、その間を網羅した音楽の時間もノリノリで!!

ああ、なんて素晴らしい人生だろう。

ノリノリ万歳!!!!

posted by take at 18:03| 活動報告

2022年04月21日

優しさはどうでもいい


教師を「優しさ」で評価しようとするのは間違いだ。

学ぶ者にとって、必要な教師の資質として「優しいこと」というのは条件にならない。

よくされがちだが、優しいか優しくないかで教師の良し悪しを語ろうとすること自体が、無意味だと思う。


生徒に必要なことは「学ぶこと」であり「成長すること」。それが達成されるパターンとしての共通項は、あくまで「導けるよう的確に示せたか」であり、あらゆる内面のあらゆる生徒に対し、クリアーなものが放てるかだ。

もちろん、生徒の気質に合わせて表現の仕方を変えなければならない場面も多い。昭和の教育と違って、上意下達でそれを「受け止め理解しろ」だけでは成り立たない。

しかし「優しく接してくれなければ理解できません」ということがあったとして、それに優しさで対応すれば解決するのかと言えば、全くそうではないだろう。


生徒は、目の前の教師が投げてくる内容と共に、潜在的に「人間性」を見つめ、そして「生き様」を感じようとする。

演奏にも教育にも情熱は必須であり、それが滲み出るように見え、示されるものがクリアーであれば、その条件こそが生徒にとっての成果に繋がる。


優しいかどうかは、全くもってどうでもいい。

それは生徒にとっての問題ではなく、その教師自身の人生における問題だ。

posted by take at 09:37| 活動報告