2020年08月02日

天国か地獄への扉


管楽器にとって最も重要な「口元の安定」。そこが安定すればするほど、演奏が自由自在の方向を向くことが、ゆっくりゆっくり理解できてきている。

やはり息の出口、アンブシュアとアパチュアは、身体の中と、外(楽器、空間、聴き手)を繋ぐ壁にある唯一の通用口であり、その壁と扉が揺らがなく安定することによって、自分の中身(思い、イメージ、息)が、間違い無く正しいものとして外へ出ていくのだと。

逆にそこが暴れ不安定になることで、放たれようとする中身は歪曲してしまい、本来とは違う姿で出ていってまう。それを繰り返すと、自分が自分の本音ともいえる中身を見失っていくのだろう。

語学力や話術と同じだ。それが安定すれば本音で話せるし、不安定なら情報量が少なくなったり、場合によっては誤解されたりする。

何に取り組んでも「動くべきところが動き、動いてはならないところが極めて動かないこと」の見極めと体現こそが大事だとは思ってきたが、管楽器の場合は、口元こそがそれを担う扉であることがやっとわかってきた。

ポイントは、天国への扉になるか地獄への扉になるかなのだろう。

posted by take at 18:38| 活動報告