2020年05月31日

オンライン飲み会


吉川「ZIPANGでオンライン飲み会しましょう」

K「オンライン飲み、ペースがわからなくてぶっつぶれたことあります」

吉川「皆さん、Kのようにベロベロにならないようベロくらいで……」


昨晩19時から始まった飲み会、3時間が一瞬に感じるくらいあっという間。楽しくワイワイ……


そして今朝

吉川「ううぅ……の、飲み過ぎた……」

Kの言う通り、ペースわからず。店だと注文という行為があるが、ないけにベロベロ……

家人「凄いペース速かったよ」


行司「ふっかよーい、残った残った(涙)」



ずっと休日なんですが書くのもむなしくなってきたので、次予定が始まるまで活動報告の記入はお休みします。

posted by take at 22:23| 活動報告

2020年05月30日

らしさ


トロンボーンのために書かれたオリジナル作品を片っ端からさらっていて、ひとつ気づいたことがあります。

中に一曲、なぜだか吹きにくい曲があるのです。難しいというよりは、吹きにくい。

凄く人気がある印象ではないのですが、でも楽聖たちはときどき取り上げています。

この一曲をピックアップして感じたということは、他の曲たちは難易度や音楽的魅力が様々であっても、吹きやすい範疇にあることになる。もちろんいろんな曲に、妙に難しくやっかいな箇所はあるが、全体を通してスッキリしない感はこの曲だけだ。

世界観も旋律もつまらないというわけではない。凄くいいとは思わないが、楽聖がやってみたくなる魅力があるのはわかる。


さらいながら観察していると、だんだんわかってきたのだが、まずトロンボーンらしさというのがあるとしたら、木管の曲っぽい音型だ。木管にしたらずいぶん簡単なのだろうが、トロンボーンの曲にはあまりないもの。きっとこの作曲家は、何の楽器で演奏しても同じような音型を書く人なんじゃないかと思った。

更に、音域に相応しいだろうと感じる曲調というのではない。高かろうが低かろうが、あまり関係なく同じようなフレーズ。

作り出すフレーズに対して思いはあるのだろうが、どんな楽器のどんならしさかというのは、極めて関係ないんだろうなあと。


そう考えると、現代音楽に散見する、演奏者をパーツとして見つめている感があるのだと思う。

曲調は普通にロマンチックなんですけど。


やはり、らしさを見つめ対峙するというのは、人間らしさからの喜びに必要なことなのだと、こんな場面からも思ったのです。


休日

posted by take at 18:54| 活動報告

2020年05月29日

じしゅく


【自粛】
今流行りのモラル測定のアプリ。今回のことで世界のいろんな国民性と比べる機会になり、あらためて日本人を知ることになりました。


【辞職】
自ら辞める理由は人それぞれ。周りが「辞めないで〜」あれば「やっといなくなった」あれば逃げるようなテイストもある。辞め方大事よね。

【磁石】
恋におちた男女の心が自動的に寄っていくときに働いているもの。「心の磁石は誰にもコントロールできないのさ」

【柄杓(ひしゃく)】
ソーシャルディスタンス的スプーン

【寄宿(きしゅく)】
大学生の頃、何日も自分の下宿に帰らずひとんちで飲んでいた。若いときにしかでけん。

【三宿(みしゅく)】
世田谷区の地名。新宿区ではないのね。

【凝縮(ぎしゅく)】
気体が液体になること。
だからあ、唾じゃないからつばぬきって言うのやめよーよー。ウォーターキーよ。水レバー。

【顰蹙(ひんしゅく)】
金をもらっても買いたくないくらい嫌だが、いくらかっても平気そうにテレビ含め人前に出てる人もいる。

【萎縮(いしゅく)】
生徒たちに一番してほしくないこと。伸び伸び太!

【Gショック】
時々ある、ゴジラが一度負けてしまうとき

【ジジィショック】
「あの……先生と私のおじいさん、同い年なんですけど……」

けどなに!!


休日
いつか言われるのか……

posted by take at 18:29| 活動報告

2020年05月28日

繰り返して その2


楽器に限らず、身体の使い方、頭の使い方が、運良く理想的なやり方に近くスタートできれば、繰り返すことの効果はスピード満載てきめんまくり。

問題は理想から遠くスタートしてしまうと、繰り返すという最強トレーニングも効果薄く、場合によっては「ちゃんとできないための練習」になってしまうこと。

そうならないために必要なことは「ずっと、同じように繰り返そうとしない」ことだと思う。

ルーティンというのはパターンが同じということで、毎日が同じ出来にというのとは違うと思う。

もちろん調子の波が減っていくという効果はあるが、目的の極みは「ルーティン自体のクオリティが上がっていく」だと思う。

そのためには「繰り返しさえすれば大丈夫」ではなく、きちんと質高き理想があり、その理想を目指して繰り返す度に、身体や気持ちのどこかをマイナーチェンジしていく。もちろん無意識にということもあるだろうが、変えられるというのは理想があるからである。

つまり「繰り返す素晴らしさ」には「理想」がセットでなくてはならない。


どちらかといえばまず理想、で繰り返すがまさしく理想。「あのとても調子の良かった日のように」と過去に思いを馳せるとしても、目指す完成図がはっきりとしていることこそが大事。

そうすれば、繰り返すことが「ちゃんとできないための練習」にはならなくなるはずだし、身体を良い方向へ導けるはずだ。


素晴らしい理想をイメージした人が繰り返すというのはかくも最強であり、よくイメージしがちな「さほど努力しないでもできた天才」よりも、壊れず長持ちしながら更なる高みへという、誰しもが抱く憧れを実現する唯一の道筋なのだろう。


休日

posted by take at 16:01| 活動報告

2020年05月27日

繰り返して


「繰り返しなさい。そうすると身になるから」

一番最初にそう求められたタイミング。正確には憶えてないが、小学生低学年の漢字書き取りだろうか?一文字何百も書かされた気がする。

当時は当然価値を理解しているというよりは、やれと言われたからやった。

その後覚えたり出来るようになったりで、繰り返すことの実力を理解していったのだと思うが、ただそれはずいぶん時間をかけてゆっくり実感していってるのだと思う。

問題は繰り返しても覚えられない、変化がなく身にならないこともあり(勉強に多し)、当然止めてしまい、「繰り返せば身に付くのは全てにおいてではない」と思うこと、それに比べさほど繰り返さずともできることというのが誰しも何かしらあり、繰り返さずにできないかなあとさぼるようになること。

さほど繰り返さなくても出来たことというのは、当然向いていることなのだが、それを更に極めるために変化と成長を求め繰り返すことができるかが、自分とアイテムの最終的な相性になるが、たとえ中々できるようにならず止めてしまいたくなること含め


「人間は、繰り返すことが本当に大事だ」


と思いきれるかが、生き抜く力に最も必要なことだろう。

信じることができること、信じられる力でもある。


休日
九九が記憶出来たのは、奇跡のような印象と共に人間の潜在能力を信じられるようになったことの代表格か。ちなみにインドの九九は三桁まで全てみたいです。1×1から999×999まで。凄すぎてアンビリバボー!!やればそこまでできるのか?

posted by take at 07:55| 活動報告