2020年02月14日

考える効率


亡くなったノムさんが強くこだわり、その必要性を感じ、彼の生涯を貫いたとも言える野球に対する取り組み、「考える野球」。 現代では当たり前になったシステムの多くが、ノムさんの発案だったとも言われています。


「考える奏法」を考えます。


逆に考えないで吹いてるとしたら、どういうメンタルでしょうか。

惰性でという言葉はざっくりとしててまさに考察が惰性っぽいが、なくはない。ただ普段目指していることが、考えきれてないということはあるだろう。

感じるだけだったり「いい音だしたい」「うまく吹きたい」と、やはりざっくりとした目標で、出たものを受け取りながら進んでいるだけという人も多い。


最近僕が強く意識する「攻める」ですが、フォルテやピアノを攻めるようなニュアンスで吹こうということではなく、もっと大きくもっと小さくと、限界を目指すようなメンタルをということです。

これは目標と向き合うということですが、考えるというのは目標に向かってその方策を意識するということで、そうなるとやはり具体性が存在していないで吹いている人が多いかもしれません。


実は「時間練習する」に代表される根性論から入り、様々取り組んだ末、最後に意識しないと絶対壁が越えられないと僕が感じているのが「効率」です。

これは短い練習時間でという意味ではなく、振動の効率。小さなパワーで最大の響き。


フォルテを目指そうとなると、どうしても「もっと力を使おう」となる。

もちろん正しいのだが、その力が「とにかく使う」という意識だけになると、必ず越えられない壁にぶち当たる。

最後は、非常に繊細に効率を目指し「力を温存する」みたいな意識が不可欠だと思います。

考える奏法の先に、今の僕が見えるのは効率なのです。

『振動の 効率に勝る パワー無し
全ての理想の 最期の課題』


N響定期

posted by take at 10:21| 活動報告