2020年01月30日

若者に本当に必要なこと


綺麗事に聞こえるかもしれませんが、正直な気持ちを書きたい。


「若者に必要なことは、素晴らしい大人と出会うこと」

これは年長者が教えてくれたことでもあり、決して若くない僕の逃げられない課題になっている。



教師たちの愚痴はたくさん聞いてきた。簡単に酷く言うと「学生の質が低い」ということを。

僕は教育人生の途中で気づいたのだが、私たち教員が願う理想的な学生、それに近い学生というのは、人数的にはとても限られている。大半の若者がそうではなく、教員たちは「なんで〇〇しない?!」と憤慨している。

自分が若いときは違った。〇〇したから今の自分があるわけだから、そうしなければ君の希望は叶わないぞ、とエールのような文句だが、同時に自分がどう未熟だったかは忘れており、頑張った部分、変われた部分だけを思い出したていたりする。

また、ときにレベルの高い生徒に出会い、その人が成果を手に入れる結果を出すと、そこが基準になり、あとの人たちへの要求がどんどん厳しくなっていったりする。

レベルアップには不可欠であり、教師も時間と共に変化したりするので自然な道筋だとは思うが、同時に「“教師が期待する成果”主義」というのは、同世代全体の現実からすると、非現実的なのだと思う。


そこで最初の理念か出てくる。

なぜなら

「教師は素晴らしい生徒に出会わなければならない」というわけではないが、「生徒は素晴らしい教師に出会わなければならない」のだから。

素晴らしい若者に出会えたならラッキーだが、教師としてそうでなければならないという話はない。

しかし、若者は駄目な教師でもいいとはならない。若者は素晴らしい教師、素晴らしい大人と出会わなければならない。それは間違いない。

世の常だが、大人が駄目だと、反面教師含め立派に育つこともある。

しかし教員を定年退職したとある年長者の言葉は、痛々しく響くものだ。


「今思えば、たくさんの子供たちをつぶしてきてしまいました」


もちろん彼は、この自己否定と共に今なお変わろうとしている尊敬されるべき人間でもある。

若者に本当に必要なことはと説いたあの価値観は、実はそんな人の言葉なのです。


N響定期練習、レッスン
親子もそうなのでしょう。

posted by take at 08:59| 活動報告