2020年01月26日

ずば抜けていい、ずば抜けて美しい


トロンボーンに限らずだが、最近「素晴らしくいい音」との出会いがいくつかあった。

「そこそこいい音」は、そこら中に溢れているので日常的に出会える機会は多いが、本当にいい音、感じられる喜びが突き抜けている音というのはそうそうない。


高過ぎる山だと理解した上で、やはり「ずば抜けて美しい音」か「ずば抜けていい音」を目指すことの必要を感じはじめている。


低音楽器に特にだが「凄く美しいという印象にはなりにくいがとにかくいい音」というのはある。

それが極まっているか、とにもかくにも美しいかのどちらかを目指す。


そんな音を手にいれるためには、ダイナミクスだけでなく、楽譜のあらゆる内容のあらゆる方向に向かって、とにかく攻める姿勢をもち、体現できる必然性を感じる。


来日は叶わなくなったが、ミシェル・ベッケさんが全てにおいてそうだった。

驚くほどのピアノ、圧巻のフォルテ、どこまでも拡がり伸びる響き。ベッケさんが、攻めに攻めていたのは誰しもがわかったし、それは常に想像以上だった。

あの奏法であの音が出せるから攻められたのではなく、攻めていたから手にいれられた音だったのだろう。


その音は、快感が充満したあまりに美しいものであり、全ての中で傑出した価値を放っていた。


ジパング、みやんじょ吹奏楽フェスタにて復活公演

posted by take at 20:14| 活動報告