2020年01月18日

攻めることこそ


家人の言葉が、新しいアプローチを気づかせてくれました。

とある演奏を評して


「フォルテの方はやろうとしてたけど、ピアノの方は攻めてなかったね」


この【攻める】が、ピアノもフォルテもとても重要だと。小さく吹こうとする、大きく吹こうとするではない。「ピアノを攻める」「フォルテを攻める」だ。当たり前のワードだが、重要度がわかっていなかった。

音量にはそれぞれ難易度の格差がある。小さければ小さいほど難易度は上がるし、大きい方も同じ。

音を外さずに並べることにのみ攻める、難易度を感じると、結果容易な音量の範囲でのパフォーマンスになりがち。

そうすれば音量だけでなくニュアンス、音色、表現そのものの変化に乏しいものになる。そもそも聞き手の豊かな感性、その反応の可能性を攻めてないとなる。


攻めるというメンタルは、個人の趣向と関係なく必要だ。攻めた先にのみ、一期一会の勝利、その世界が広がっている。


NTTレッスン、N響定期、ジパング

posted by take at 08:17| 活動報告