2020年01月15日

やはり信じて生きましょう


ひょんなことからマウスピースを変えるきっかけがあり、嬉しい変化あれば、今になるまで気づけない、ラッキーともいえるきっかけのおかげという現実から、本来の自分のセンスの未熟さも感じ凹みもしたと書きました。

家人には「人はね、何かきっかけがないと変わらないの。そのきっかけは、ある日ふとくるもの。そしてそれは残念ながら、早くはこなかったりする」と、深いことを言ってもらえたとも。


このことを、ある年長者と話したときに、やはり示唆に富んだ価値観を教わりました。


「そうですか、マウスピースを……」

そうなんです。僕は変えなくていいとしてきたんですが、たまたまともいえるきっかけだったってことは、それがなかったら今も気づけていないわけで、それが所詮自分のセンスかと思うと、少しがっかりもしたんです。

「そういえば〇〇君も、マウスピースどれがいいか聞いてましたね。」

若いうちは、いくつか試して傾向を知るのはいいんですよ。研究熱心とも言える。ただ、年齢を重ねてもずっとマウスピースや楽器を探し続けてるのは、僕自身どうかって思ってたので。

「きっかけはたしかにふときますね。でも基本は目の前にあるものをずっと信じて取り組んでいるのが大事じゃないですか?それがない人は、やはり本物の結果は得られないでしょう」

なるほど。そうですよね。ずっと「ひょんなこと」ばかり求めているのは違いますよね。



やはり、疑わず信じている時間を生きることが正解なのだろう。

同時に、信じて進むが妄信的にはならず、自分の価値観こそが幅広く成長するための「ふとしたひょん」がやってくるよう、常に頭は柔らかく、更なる音を追い求めているいることが大事だろう。


いい音とは、かくも奥深い。


N響定期練習、川越へ

posted by take at 15:37| 活動報告