2019年12月06日

聴く力を育てなければ


薄々感じていたとはいえ、「聴く耳」が育つこと、そのクオリティが上がることが必要だと今ほど思っているときはないのだが、実は音楽大学ではこれを育てるカリキュラムは薄いのが現状。演奏するという発信の方を鍛える方に特化しているのが現実で、耳や感受性は自主的にやりなさいと。演奏会に通ったりCDを聴いたり勝手にしなさいということだが、録音はともかく生演奏を聴きに通うには、夕方以降も忙しいスケジュールになっていたりする。

特に東京だと、授業が終わってからNHKホールやサントリーホールには間に合わないとか、電車代がばかにならないとか残念な話は多い。

それでも半期に何回かは聴きに来なさいと意識のきっかけを作り、楽聖たちが計画的にコンサート観賞スケジュールと過ごすのは大事だと改めて思う。

「名演奏を聴く」なんて講義があってもいいと思う。高品質のオーディオであらゆる録音や録画を観賞からの研究。聴き比べなんかもとても効果がある。直後の練習なんかにも、かなり影響あるだろうし。

本来本当に素晴らしい演奏を知らない人だと、たまたま楽器からいい音が出たり達者に操れるようになっても、音楽家としての表現は乏しいことしかできない。知っている表現を体現しようとするという現実もあるから。

発信トレーニングと同じくらい、インナートレーニングは大事なのですが……



実は何をどんなペースでというのは大事だが、それ以上に「極めて集中して聴く」というのが、本当に大事だと思います。

集中というのは観察力と吸収欲求を生み出すはずで、そこまでたどり着かない場合、耳を育てるパワーとしては弱いものになったりする。

そして集中して聴くために実は必要だと思うのが、「本気の表現による本気の演奏」。

それは、聴き手の聴き気(やる気)に如実に反映する。


今年度からとにかく楽聖に曲を聴かせている。僕は常に本気であり、彼らは集中して聴いていると信じている。

そんな癖からもし耳が成長したなら、その記憶からの感性でこそ練習ができると信じているのです。


レッスン、N響定期

posted by take at 17:48| 活動報告