2019年12月05日

息を間違えない


道具は自分に合ったものをと語るとき、

「靴や洋服は自分の身体のサイズに合ったものを選ぶのと同じように、顎や唇、歯並び等、自分の骨格にあったマウスピースを」

と言ったりする。憧れの演奏家と同じものを使っても、自分に合ってなければ吹きにくいだけだよ、なんなら調子崩したりと。楽器そのものについても同様に語られる。



今日は「息の入り方」について、実は勘違いしない方が良いというアプローチで、意見をまとめてみたい。

マウスピースや楽器への息だが、まずは「入る方がいいというものではない」ということ。

スムーズに流れるものが良いのは一番重要視したい。そしてスムーズさと量は別だと理解すべき。

スムーズさは最終的には自分の力で成し得ていく領域でもあるのですが、抵抗があるものに対し、抵抗なく入ればいいのではなく、その「入り方」こそが見つめ判断するポイント。

自分に反ってくる圧力、出した分だけ入っていかないことを抵抗だとして、その全てを悪と捉えるのは危険だ。

「支えという抵抗」は必ず必要で、もってかれている息を、凄く入るから善しとすると、後々必ず不本意なストレスがやってくる。

スムーズさに対するセンスこそが必要で、凝縮したポイントとしては


「自分こそがスムーズさを自然に目指していけるものを選ぶ。

ピアノでもフォルテでも、息を送ろうとしているインナーや口周りが、無理やり頑張らなくてもロングトーンが長く伸びるもの。

頑張って真っ直ぐではなく、自然に真っ直ぐ吹けるもの。

最初が一番息が入るものではなく、吹いていくことによりより入る感覚になるもの。

詰まっていく感覚になるものではなく、広がっていく感覚になるもの。

気がついたら意識とは別に身体が頑張ってしまっていて疲れるものはではなく、楽しくて吹きすぎて疲れるもの」


そして実は一番大事なポイントになるのだが、

「音楽的に吹けるもの」

つまりロングトーンだけでなく、音楽的な息が流れるもの。必ず自分にとっての定番のフレーズを試し音楽的に吹けるもの。音一発の音色だけで選ばない。


新しいものに対する印象というのは必ず一過性。それまでの道具の息や振動で吹いての印象なので、2,3週間後、慣れてきたときにしか正解な判断はできない。

そのときまでに、以前できていた音楽的表現ができなくなっていくものなら合っていないとなる。いくら新鮮な美音との出会いだったとしても。

未来の時間へと伸びやかに進める、そんな勘が働くかどうかにかかっている。

息は入ればいいと、勘違いしない方がいいのです。



N響定期練習

posted by take at 18:04| 活動報告