2019年08月22日

塩梅という表現


八丁味噌の味噌カツカレー(レトルト)を食べる。


一口目、かなり美味しく感じました。八丁味噌大好きですし。

三口目くらいで「濃いなあ」という印象。

で、半分くらい食べたら飽きてしまいました。美味しいのは美味しいので、嫌々食べたわけではないのですが。


「もう一回食べたい?」と聞かれたら、「もう少しさらりと薄め(?)だと好みだけどなあ」と、答えになってない返事をしそうです。


八丁味噌だから甘辛いのですが、甘味も辛味も強過ぎると感じたよう。ただ薄くすると物足りなくなるテイストなのかもと、八丁味噌のいい感じもあれこれ妄想しました。


塩梅の話ですね。


僕は家人が作ってくれる料理に慣れてるだけでなく、ドンピシャ気に入っているので、外食は基本濃いめで辛めに感じます。

それでも最後まで飽きずに食べられる味付けあれば、場合によっては三口目くらいで一気に飽きるのもある。

最初の印象が良いけど飽きてしまうものは、おそらく旨味だけでなく刺激も盛り込んでいるのでしょう。瞬発的印象があり、三口目くらいまで興奮が続き、急激に慣れる(麻痺する?)印象。

不味いものの話じゃありません。美味しいんだけどの話。

その点美味しさが最後の一口まで持続、なんならもっと食べたいとなるのは、選択とバランスが良く、その味付けによりやはり素材や出汁、調味料の旨味が前面に感じられるものかと。刺激はその向こうにいらっしゃる。

スパイスの魔力、カレーやアジアンはまた別だが、やはり塩梅の設定が瞬発にあるのか継続にあるのかでしょう。

なんなら赤ワインのように、クレッシェンドするような塩梅を目指す料理人もいるかもしれません。



全てどんな演奏をしたいのかと合致すると思います。指揮者や演奏家のやりたい表現。出したい音色なんかも、それによる傾向がある気もします。


塩梅ってときの生き方、その表現ですね。


ソノーレ

posted by take at 19:03| 活動報告