2019年08月15日

美しさの設定


自分の音、自分の演奏の美しさを定めるのは自分。

しかし他人に聞かせて印象を得たい以上、それを美しいと感じるか感じないかは、自分以外の人の心に委ねるしかないという、厳しい現実がある。


自分のイメージと目的レベルが、自分から発せられるものを設定している。

例えば教師であっても、演奏者に「これくらい美しく演奏しなさい」と、定めたり求めたりすることは不可能。演奏者の中にある美しさや素晴らしさ以上のものが自分の中から沸いてきて、目標として設定されることはない。

しかしそれが本当に美しく素晴らしいかは、聞いた人の心が感じ決めること。


そんな厳しく残念な現実しかないのだが、だったら、少しでも自分の設定を高いものへと上げていくしかない。今よりも高く、今よりも美しく、今よりも素晴らしくと。


不意に自分でも、「あ、今のいい……」と我が演奏に歓喜する瞬間もたまにある。本当にたまに。

その喜びは継続されない。また平凡な音か不満足な音がでるばかりの時間が流れる。


しかし腐らず、とにかく自分の中の設定をあおりながら、高みへと上げ続けるしかない。今イメージする美しさより、より美しいものを。


設定は自分の中にしかされないから。


休日

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