2019年08月16日

宴会はこれでえんかい?


僕は最近「辿り方の多様な現実の理解」の必要性を感じています………硬いのぉ。

たとえば、楽器を始めて上手くなっていく過程の環境や「こうあるべきだ」みたいな価値観も、実は世界全体の人間界においては、思っているより多岐にわたっている可能性が高いので、自分や自分の周り、なんなら日本人として良しとしていることだけじゃないことに目を向けることが大切ではないかと………硬いのぉ。


やおいやつを(^.^)


友人たちと飲んでいたときの話。ある仕事バリバリできる女性が

「こないだ海外のある国から来た方々を飲み会で接待するのがあって居酒屋予約したら、全員食事を済ませてから来たんですよ。1人一品頼めって店から言われて凄く焦って……」

それを聞いた他の人たちは、皆一様に驚いた反応。


「え〜〜?なんで食べてくるの??それ困るよね!」


ひとしきり「そりゃないやろ話」で盛り上がり、なんとなく僕のコメントへとの空気に。


「すみません、皆さんの意見に水さすつもりはないんですが……もしかしたら、薄いのから濃いのまであらゆる酒を飲みながら、たくさん料理を頼み、みんなでシェアしながら何時間も、なんなら二軒目も同じ感じでって夜の飲み会をするのって、日本以外の国ではほとんどないかもね。日本の方が特別かも」


そーなの?


「いや、全てを知ってるわけじゃないけど、まず、外食が特別な国多いよね。みんな夕飯は当然家で。だから高かったりする。大体ワンプレートにひとり分の料理、サラダからメインまで乗ってるの食べて、シェアはあまりしないの多いし、そこでワインやビールをお供に夕食食べて、更に飲みたい人は、バーに行って酒だけを楽しむみたいな。多分日本の飲み会のスタイルは、世界ではかなりの少数派なんじゃなかろか」


そっかーみたいな空気になった次の瞬間、隣の飲んべえおじさんが


「俺、日本人で良かったあ〜」


しみじみ愛国心を叫ぶ。


はいー、僕もですぅ〜〜〜


休日

posted by take at 10:33| 活動報告

2019年08月15日

美しさの設定


自分の音、自分の演奏の美しさを定めるのは自分。

しかし他人に聞かせて印象を得たい以上、それを美しいと感じるか感じないかは、自分以外の人の心に委ねるしかないという、厳しい現実がある。


自分のイメージと目的レベルが、自分から発せられるものを設定している。

例えば教師であっても、演奏者に「これくらい美しく演奏しなさい」と、定めたり求めたりすることは不可能。演奏者の中にある美しさや素晴らしさ以上のものが自分の中から沸いてきて、目標として設定されることはない。

しかしそれが本当に美しく素晴らしいかは、聞いた人の心が感じ決めること。


そんな厳しく残念な現実しかないのだが、だったら、少しでも自分の設定を高いものへと上げていくしかない。今よりも高く、今よりも美しく、今よりも素晴らしくと。


不意に自分でも、「あ、今のいい……」と我が演奏に歓喜する瞬間もたまにある。本当にたまに。

その喜びは継続されない。また平凡な音か不満足な音がでるばかりの時間が流れる。


しかし腐らず、とにかく自分の中の設定をあおりながら、高みへと上げ続けるしかない。今イメージする美しさより、より美しいものを。


設定は自分の中にしかされないから。


休日

posted by take at 10:04| 活動報告

2019年08月14日

ROBERUTO Autumn mountain


僕は本当にたまあに、気になる芸能人(ほぼ芸人)のことをここに書いてきた記憶がある。

記憶にあるのは、マツコ・デラックス、南キャン山ちゃん、ホンジャマカ石ちゃん、ブラマヨ、サンドウィッチマン辺りだろうか。とにかく芸風や喋りが好みだと。


今回久しぶりにある人のことを書きたいのは、子供の頃芸人になりたかった僕が芸能人を飛び越えて芸術家に成り下がり、そんな日々の中、日本のお笑い芸人の雰囲気に感じてきたことありながら、更に昨今の吉本問題による芸人がシリアス化にまで至った今日に、燦然と輝くように、なんにも変わらず異才を放つ彼を……

フット後藤「回りくどいな、誰やねん!!」


ロバート、秋山竜次です。


いやあ、濃厚ですね。顔芸極みですが、更に目芸ですね。キモいとかコワイとか通り越して、行ききった感が完成されていると思います。

僕には安心感があります。

世の中どうなっても、周りがどうなっても、なんなら本人がどうかなってしまっても、変わらずぶれず、いつも驚かされるほど新しい方向から、身体はってんのも無理矢理感なく、つまり同情されることもなく、濃厚でちょっとキモいけど、何の罪もない芸、なんなら内容もなく、こちらの真面目感もくだらなく感じられぶっ飛ぶような、本来私たちの生活にあってほしい笑いをやってくれるだろう安心感。

かっこもつけず、きちんとみっともなく、見てる人に媚びない。そんな素晴らしい芸人だなあと。最近ずっと色黒くて上半身裸ってのも、生きざまとしていっちゃってる感が、本物のお笑い芸人らしく。


一番好きなエピソード

ある日名古屋のスーパー銭湯にロケを収録した後に更衣室で浴衣に着替えていたところ、80代くらいの高齢男性から大相撲幕内の遠藤聖大と間違われたことあり。なかなか人違いであることに気づいてもらえなかったので「練習も頑張らないといけないけど、女遊びの方も頑張らなきゃ」とあえてふざけたことを言ってみたものの、「バカ野郎そんなことやってる場合じゃないだろう」と叱られ、なおも誤解は解けなかったと。

なりきり芸の極みの彼が秋山竜次に戻れなかったという、労災とも言える笑。

とにかく、作られたキャラじゃなく本人がああだろうと思わされるが、それがまたいっちゃってるので「よかった自分は普通で」と思わせてくれるのが素敵。


休日

posted by take at 14:32| 活動報告

2019年08月13日

ざんねんな楽器その4 トロンボーン


「大抵の楽器は半音変えるのに数ミリから2センチ程度の指移動で済むが、トロンボーンは10センチ前後から60センチ近くまでの腕移動が必要」


人がやってる楽器ばっかりざんねんだと言うのもなんなので、早めに紹介してしまおう。

まあやっぱりこれでしょうね。


ちなみに体重60キロの人が1時間プレイの消費カロリー(キロカロリー)

ピアノ 144
バイオリン 157
チェロ 144
木管全般 113
トランペット 113
ホルン 113


そして
トロンボーン 220


息の使用量も一番多いらしく(チューバよりもらしい)、そら痩せるわけだ…………ん?


休日

posted by take at 18:28| 活動報告

2019年08月12日

逃げない


僕は生徒に「逃げちゃだめだよ」と言っています。

何が具合悪いって、逃げるのは癖になる。若い頃、大事な決断時に二回でも続けて逃げると、残りの人生、いざというとき逃げることが当たり前になってくる。


逃げる方が楽だと一瞬思うのだろう。

しかし立ち向かうことに決め、時間をかけ少しずつ努力をすれば、逃げなかったからこそ手に入り、自信に繋がり、プライドが育ち、言い訳をせずにすむことの幸せを感じて生きていくことができる。



人生、別の場面。

謝れないというのは、実は逃げていることになるのだと思う。開き直るのも。得策だと感じるのかもしれないが、実は逃げ。

逆に謝ることは、逃げることではなく、攻めることだと思います。


人生において逃げないというのは、嘘をつかず、相手を論破したり懲らしめようとせず、誠実に解決の方向を向くこと。


自分の人生の大きな選択時に逃げないことは大事だし、また必ずミスをしトラブルの当事者になってしまう私たちが、勇気をもって解決を目指すことだ。


実は誰しも、謝らなければならない場面は、人生を通して何気に多い。


それができれば、攻めの姿勢で生きていくことになり、周りの許しが私たちを救いながら、幸せへの道へと誘ってくれる。


逃げてはならない。

逃げることを選んでしまうから、心に不安が残り続けることになる。


NTTレッスン

posted by take at 17:08| 活動報告