2019年07月21日

スタンダードって?


「そのスタンダードって、どういうのですかね?」

シカゴの先生はマウスピースについて語っていたわけですが、そりゃ太管トロンボーンなら、6番5番辺りならそれがスタンダード。その辺りのどれかを永く使えば良いという話。

カタログには、その品番の特徴を書いていたりする。ただそれは「他の品番と比べたらそういう傾向かも」ということをざっくり書いているだけ。実際吹いている人のイメージ、個性の方が音を支配している。

プレイヤーに使用マウスピースを聞いて驚く場面もたくさん見たし、そもそも演奏を聞いただけでマウスピースの品番を当てるのは不可能に近い。

「いや、わかるよ」という人も、あの人はあの品番を使っているという先入観で聞き「ほら、だからあのプレー」と決めつけてる場合は多い。おそらく、ピタリ当てられるのは格付けのGacktだけだろう。


つまりその辺りの何を使おうが、そこから先、自分こそが「どれだけ素晴らしいサウンド、演奏を求めるか」が全てを決める。

それは、それなりに長い旅(なんならずっと)なので、早く「比べる迷宮」から出て、時間をかけて毎日向き合った方がいい。


同じなのを使っているから安心という気持ちはなくなはない。

同時に、個体という相手は変わらないのだから、全ての成果は自分にかかっている。変わらない相手とどれくらい変わっていけるのか。

まさに過去と現在、未来の自分こそを比べることこそが問われてくる。


そして人には、何かが変わらず継続されている日常の積み重ね、その到達点からのみ、気づける新たな理想がある。

迷宮の中で比べているうちは、リセットを繰り返しているともいえる。


「いや、そうはいっても自分にあった唯一のマウスピースがどこかに……」


それはもう、君の手元にあるよ。世界中の人が称えるような特別に素晴らしいスーパーな演奏をする人も、君たちが使っているのとなんら変わらないものを使っているよ。

自分の名前を冠したシグネチャーモデルのマウスピースを作っても、年月経てば自身は使ってない人多い。

そして名前を冠した楽器のモデルを作る人も、どんどんマイナーモデルチェンジしたりする。


「マウスピースはスタンダードなものを使って変えないこと。何か問題があったなら、それはマウスピースではなくあなたの問題だから」

個体を比べて自分の理想を探すのではなく、豊かな可能性のあるスタンダードを選び、当たり前のようにそれを信じ、自分こそが変わっていく。

聴衆や周りは、個体を評価しているのではなく、個人を比べて評価しているのだから。


N響松山公演
明日はスタンダードな楽器について考えたい。

posted by take at 15:01| 活動報告