2019年06月10日

フォルテの流儀


ダイナミクス。誰しも無限に大きな音がでるわけではない。大きな方へのベクトルにも限界がある。

人によって大音量の到達点には差があるだろうが、実は個人として目一杯力を使って出した音というのは、音楽に必要な最大音量には認定できない。

なぜなら、その時は、口元に反ってくる抵抗を更に超えて出そうと力みの極みを使っているはずで、その音からはうるささという不快、美しさの逆の印象になる痛さにも感じる耳障り、音が破れるような割れ、そして何より、時のスムーズな流れを生まなければならない音楽演奏において、独特の「止まった感じ」があるからだ。


ということは、自分から出せる最大の音量より手前に自分のMax、到達点があり、それが自身のダイナミックレンジということになる。


多くの人が勘違いしやすい特徴として「張り」がある。

日本人は「もっと音を張って」と表現したりもするが、おそらく外国にはない表現なのではないだろうか。

敢えて言うなら「その音量でキープして」というのが正しいのだと思う。「おっきなフォルテでキープして」とか。

しかし日本では力を抜いて脱力してしまった表現に対して「もっと音を張って」と言う。

このことにより、硬さや力みがコーティングされることが多く、それが淀まず流れ続ける印象になるべき音楽を、止めてしまっている要因になっている。

お肌なら「ハリと艶」なんて言っても素晴らしいものとして成立するが、実は音はピンと張ると艶は出なかったりする。

柔らかさと脱力という「張る」というイメージとは逆のことを注入して、初めて艶は登場する。


これらを合わせて考察すると、大きな音量になっても

張りという抵抗を作るのではなく、息がスムーズに流れ続けている、広がる響きと脱力が共存し、それがキープできている


その状態における一番大きな音が、自身のフォルテのダイナミックレンジだと言える。

それ以上力を使うと張がでてきてしまう、その境界線がフォルテの流儀であり、息の流技なのだ。


レッスン

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